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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第55回

劇場版BD発売中! 今あらためて「大洗」と「ガルパン」を考える

ガルパン杉山P「アニメにはまちおこしの力なんてない」

2016年08月06日 17時00分更新

文● まつもとあつし 編集●村山剛史/ASCII.jp

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(C) GIRLS und PANZER Film Projekt

「コソコソ作戦」はこうして始まった

―― 杉山さんはガルパンをいわゆる“まちおこし”の文脈で語られることには否定的です。それはなぜなのでしょうか?

杉山 すべてのアニメが“まちおこし”と紐付かないわけではありません。積極的に自治体を巻き込んで、宣伝費まで出してもらって、という作品ももちろんありますし、個別の作品のやり方について私たちは評価する立場にありません。ただ少なくともガルパンは違います。

―― そのあたり順を追って“ガルパンの場合”がどうであったのか聞かせていただけますか?

杉山 “このアニメで最初から町を巻き込むことはしない”というのが、大洗側のキーパーソンである常盤良彦さんと交した約束だったんですね。

 作品の内容上、町を壊さないといけないのですが――戦車戦をするわけですから――相談もなく自分たちの町を勝手に壊されたら、そりゃ気分悪いだろうなと。なので、まずは大洗に「舞台にさせてください」というお願いをしなきゃいけないだろう、というのがいちばん最初でした。

市街地での試合シーンに大洗の町並みが使われている。劇中で勢い余った戦車が突っ込んだ旅館「肴屋本店」にはファンの宿泊予約が殺到した。(C) GIRLS und PANZER Projekt

こちらは実際の「肴屋本店」玄関。キャラクターの立て看板が並んでいる(撮影:佐藤ポン)

 常盤さんと出会う以前は、大洗という町には遊びには行ったことはあるけれど、商工業者・行政の方面にはまったく知り合いがいないので、町役場の商工課とか観光課に飛び込みで電話しようかなと思っていました。

 そこで製作委員会で「(舞台を)大洗にしたいと思っています」という話をしたときに、たまたま出資者であり音楽を制作しているバンダイナムコグループの関連会社でもあるランティスの関根陽一プロデューサーが、「僕、大洗出身ですよ」って(笑)。これはなんの仕込みもない、本当の偶然です。

 たまたま彼の実家が、大洗の商店街で工事資材店を営んでおられたんです。そこで関根さんの父上を通じて、商工会長で当時県議会議長であられた田山東湖議員をご紹介いただきました。

 田山さんは非常にスピーディーに物事に対応される方で、「俺はよく分からんけど、そういうことなら、面白い奴がいるので紹介するよ」とその場で電話をしてくれたのが常盤さんだったんです。そのとき常盤さんはご自身が経営するとんかつレストラン クックファンでお仕事をされていました。あとから聞いた話では、震災の影響でお客さんが減少して、スタッフを一時的に解雇せざるを得なかったと。しかし、その日はたまたま混んでいて忙しくて、自らホールに立っていたそうなんです。

 そこにいきなり電話が掛かってきて「いまから人がそっちに行く、お前アニメやれ、アニメ」って(笑) で、わたしも車に乗せられ、直接紹介されて。とんかつ屋さんで差し向かいになり、『これ、どういう展開になるのかな。ホントにこの人でいいのかな?』って思いながら企画書を見てもらいました。常盤さんって、洒落たメガネをかけていて、格好も同様で、わたしからすると、なんというか――ちょっと胡散臭い感じだったんですよ(笑)

―― (笑)

杉山 でも常盤さんは、「アニメのことはよくわからないけれど、なにか町で面白いことができるなら、ちょっと考えましょうか」と言ってくれたんです。

 わたしから常盤さんには、まず初めに「私どもとしては、町を使わせてください。壊せる町・建物が欲しいんです。ロケハンもしたいんです。僕たちは町のことがわかりませんから、案内をしてくれる方はいませんか?」と話しました。その時点では純粋に制作準備をお手伝いいただくつもりだったのです。

 ミーティングを重ねるなかでも、「この作品はオリジナルなのでヒットするかどうか保証できません。だからあまり商売面で“本気”にならないでください」と話しました。世間一般に“アニメでまちおこし”という言葉が一人歩きしていた状況ではありましたので。舞台になった町にファンが遊びに来てくれることはあるかもしれないけれど、まずそれはヒットしないとありえない話なので。

大洗には、ファンならピンと来る場所がそこかしこに(撮影:佐藤ポン)

(C) GIRLS und PANZER Film Projekt

 対して常磐さんは、「面白い事さえできればいいので、我々は経済効果を求める気はまったくない」「これについてはまずごく小さなプロジェクトチームを組みます。気心が知れていて、失敗したら『ごめんね』って言える範囲からスタートします」と言ってくれました。

 逆にそれでわたしは(彼のことを)信用したんですね。『この人、変わっているけれど、本質をちゃんと分かっているかも』と。

 そのころ2人で言っていたのは、「行政を巻き込むのはホントに最後の最後にしましょう」ということ。行政がトップダウンでやった途端におかしなコトになった例も多いように聞いていましたから。最初の約束事“町を巻き込まない”とはそういうことだったんです。できるだけ大きく“やらない”ことを選択しました。

―― なるほど。実写映画はその場で撮影しますから、行政にOKをもらいながらでないと進めにくいところがあると思いますが、アニメの場合はロケハンのみで済むので、行政は最後、まずは商工会の有志のみという小さなチームで動けたという部分はありそうですね。

杉山 それはもちろんあると思います。町を使うといっても写真や映像を撮って回るくらいで済みますから。実際は、あんこう祭(毎年11月に大洗で開催される名産品あんこうを題材にしたお祭り)への参加が決定あるいは打診の時点で町長と面会しました。町のお祭りですから、よそ者が勝手に入り込むわけにはいきません。きちんと趣旨を説明して了解を得る必要がありますから。
※『ガールズ&パンツァー』のテレビ放送は2012年10月~12月。11話と12話は翌年3月。あんこう祭への参加は2012年の第16回から。

―― その後、あんこう祭で予想を超える人数が押し寄せたり、最近では劇場版の興収が15億を超えるに至りました。

杉山 昨日で19億を超えましたね。
※記事公開日現在、興行収入は22億超。

―― そういった効果といいますか、数字は評価として高いわけですよね。最初は想定されていなかったとはいえ。

杉山 振り返ってみれば効果はすごく大きかったとは思うのですが、最初に町の方々と約束したのは経済効果の話は一切止めましょうということです。だから今でも正式にどのくらいの経済効果があるのですか、と聞かれれば「いや、測っていないのでわかりません」という答えが返ってくると思います。

 我々は経済効果に変えるためにやるわけではないので、そこは絶対に踏み外さないようにしましょう、と。「コンテンツには必ず終わりが来るので、コンテンツにばかり寄りかかっていると、なくなった途端また元に戻っちゃう。次に皆さんがやったほうが良いことは、いま来てくれているお客さんに“大洗のファン”になってもらうことですよ」と、町長にも直接言っていたんです。

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