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日本のITを変える「AWS侍」に聞く 第13回

エンタープライズの中心でクラウドを叫び続ける

クラウド愛、HONDA愛で戦うエンプラ情シス多田歩美の物語

2015年07月07日 07時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

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「パブリッククラウドを使おうなんて言っている人は誰もいなかった」

 クラウド推進派として、社内で声を上げ始めた多田さんだが、結局CAEのクラウド導入プロジェクトを持ったまま、再び本社のインフラ部門に異動することになったという。「もともとスパコンを統合しようという話があったのですが、社内事情で研究所のなかだとなかなか中立的にプロジェクトを進められる人間がいなかった。もはや私は本社という独立した立場だし、やる人がいないんだったら、やってしまえと。そこにクラウドの戦略も入れてしまおうと思った」(多田さん)。

 スパコン統合プロジェクトの一部としてクラウドを導入するという多田さん自身の明確な方向性が見え、スモールスタートできるクラウドを使いたいというユーザー部門、研究部門の声も日々高まってきた2013年。機は熟したかに見えたが、話はそれほど簡単ではなかった。

 クラウド導入は構想に入っているものの、検討が進んでいるのはSaaS系がメインで、IaaS系はほとんど進まなかったという。「パブリッククラウドを使おうなんて“馬鹿なこと”を言っている人は、インフラ部門には誰もいなかった。外にデータ置くなんて危なくてありえないとも言われたし、まだ早いだろうという空気もあった。でも、今から考えれば、普段の仕事に忙殺されている人が、新しいことをやりたくないがためにセキュリティを盾にしていただけだと思います」と多田さんは手厳しい。

「新しいことをやりたくないがためにセキュリティを盾にしていただけだと思います」

 そもそも動いてくれる人がいない。同じような志を持った人と話をしたいのに、クラウドに詳しい技術者がいない。「私自身も理論武装をせず、思いだけで突っ走っていたので、とにかくうまく理解してもらえなかった。これはどうしたものかと」(多田さん)と煮詰まった。理解の進まないクラウドを社内でどうやって展開していくのか。その突破口を求め、多田さんが参加したのが、2013年末にラスベガスで開催されたAWSのイベント「re:Invent 2013」だ。

 ラスベガスの広い会場で、まったく知り合いのいないre:Invent 2013だったが、多田さんはADSJの紹介の元、日本人の交流会に参加。そこで、cloudpack(アイレット)の後藤和貴氏、クラスメソッドの横田聡氏、サーバーワークスの大石良氏、ハンズラボの長谷川秀樹氏など、AWSを日本で普及させようとしているメンバーと出会い、クラウドの可能性を見出したという。「彼らの話を聞いたら、テクニカルなことだけではなく、面白いことをしたいんだなと思った。この人たちの考えている面白いこと、この人たちの考えている未来を見たいなと思った」(多田さん)。

「Gパン、Tシャツ、リュックでのカンファレンス参加は衝撃だった」

 re:Inventから帰国した多田さんは、発足したばかりのエンタープライズ向けのE-JAWSに参加する。その後、JAWS DAYS 2014、JAWS-UG東京、クラウド女子会にも立て続けに参加した。

 とはいえ、エンタープライズの情シスである多田さんにとってみて、当初JAWS-UGの雰囲気はとても入りにくいものがあったという。「自分が知らず知らずのうちにエンタープライズ化してたんだと思うんですけど、Tシャツ、Gパン、リュックでAWS Summitとかのカンファレンスに来る人がいるということ自体が衝撃だった(笑)。一応、ビジネスなんだから、ジャケットくらい羽織るんじゃないのかと思っていた」と多田さん。ITが好きじゃないという土壌もあり、そもそも参加者同士で話が通じ合うのかという不安も大きかったという。

「Tシャツ、Gパン、リュックでカンファレンスに来る人がいるということ自体が衝撃だった(笑)」

 しかし、今では自らコミュニティを運営する立場にもなっている。まさにどっぷりコミュニティに浸かった状態だ。「JAWS-UGに登壇する人たちのLTには魂が入っている。こういうところだったら、クラウドを使いたいという自分の思いを共感してくれたり、社内に広めるためのヒントをくれると思った。今ではTシャツ、Gパン、リュックの人たちがいるイベントだと、ウキウキしちゃう(笑)」と多田さんは語る。

 多田さんにとってコミュニティは、楽しみながら個人としての成長ができる場だ。「エンタープライズの看板を背負っているので、私はどこ行っても“HONDAの多田さん”なんです。でも、“ただの多田歩美”になったとき、なにができるだろうと考えてしまうんです。HONDAマンである前に、エンジニアだとか、多田歩美だという強さを持っておかないと、続かなくなってしまう。その点、コミュニティは個人の力を試されるし、発揮できるし、切磋琢磨できる」と多田さんは語る。

 気がつけば、ある意味情シスは、日本の会社のありがちな縦割りではなく、広く社内を見渡せる横断的な立ち位置に立てることに気がついた。「いろいろな部署をサポートする情シスって横串的、俯瞰的に考えるのが当たり前。HONDAも複数の事業軸でできているので、外に出てみても、異なる業種・業態、お客さんやSIerなどの立場、年齢、性別が異なっても、違和感なくつきあえた」(多田さん)という。

(次ページ、「彼女がいなかったら、あのピッチは無理だった」)


 

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