【前編】『楽園追放』プロデューサー野口光一氏インタビュー
「40代で負けたら2度目はない」――『楽園追放』は勝つためのフィルム
2015年02月07日 15時00分更新
不気味の谷を乗り越えるためには
お金がかかる“顔”に手を出すしかない
野口 いくらセルルックにしても、人間の動きをモーションキャプチャーで完全に再現しても、キャラクターの「表情」が人間のように変化しないと、不気味になるんです。お客さんのほとんどは、映像の何を見るかといったら、登場人物の表情を見に来るんですよ。人間ドラマを見に来ているんです。
CG業界は造形からスタートしているので、ロボットやアクションは得意ですが、日常芝居や顔になるとなかなか……。でもお客さんはドラマを見に来ている、つまり人間の顔(表情)を見に来ている。いくらロボットバトルがあろうが、メカが出ようが、ギミックがあろうが、やっぱりみんなが一番見ているのは顔ですから。
だから顔だけはちゃんとやらないといけないよねと思って、プロダクションを決めるときにも、「もう身体はいいから、顔を何とかしようよ」と言ったら、「いや、顔は金がかかるんですよ」と返されまして。
身体を動かすのに1日かかるとすれば、顔でもう1日かかると。つまり、顔に手を出すと時間がかかり過ぎるので、(人件費の分だけ)お金も飛ぶ。でも、みんな顔を見てるから、とにかく顔を何とかしようと。
最初は作画でやろうとしていましたが、手間はかかるし、ずれるし、顔だけ描いてくれる作画アニメーターはいないし、と難問続きでした。
もう、表情だけは(アニメーターによる)作画でいこうか、謳い文句のひとつである「全編オール3DCGアニメ」の看板を下ろそうか、とまでなったときに、CG制作会社のグラフィニカさんが、「うちが開発をするので、顔までやりますよ」と言ってくださって。
―― 顔の表情は、それだけ大変なのですね。
野口 時間がかかるんです。かかるけれども、日本のCGアニメも、そこにこだわる時期に来たのかなって。海外と比べるとやっぱり表情が豊かじゃなかったと思うんですよ。
とはいえ、2Dアニメみたいな表情をセルルックで付ける方法はわかりませんでした。どんなツールを作ればいいかもわからない。
一時期、フェイシャルキャプチャーという、本物の人間の表情をモーションキャプチャーで取るやり方も試してみたのですが、今度はある程度アニメ調に作っている身体の部分と合わなくなってしまうのです。
そこで、グラフィニカさんにキャラクターの顔を作ってもらったところ、最初のテストから「いい顔してるよね」という話になって、あとはグラフィニカさんにお任せしました。……実際は水島監督が一生懸命チェックしておられましたが。
2D3Dの異文化交流は演出方法から始まった
グラフィニカでは水島・京田タッグによる勉強会も
―― 楽園追放では、とにかくアンジェラの表情が豊かで、現在の3DCG技術で、ここまでできるようになったのかと大変驚きました。怒った顔だけでもいろんな種類がありますよね。
野口 グラフィニカさんは研究熱心で、絵コンテをそのまま表現しようとしていたのもあれば、“このシーンではこういった表情が必要になるはず”というガイドがグラフィニカさんから出てきて、それをトレースして近い顔を作っていたりもしています。それらは「ドラマのなかの顔」になっていると思いますよ。
―― 「ドラマのなかの顔」、ですか。
野口 3Dの分野は、まだドラマ演出の面では2Dに及ばないところがあります。誕生以来、アクションアニメーションがメインで来ましたから。特に若い人は「演出」にまで手が回らない。人物が立っていたら、じゃあ、何するの? となったとき、単に身体を動かすだけになってしまったり。
でも今回は映画なので、3DCGの人物で「ドラマ」をやらなくてはいけないわけです。
そこで水島さんや京田さんのような、「ドラマ」のノウハウを持っている2Dアニメの演出ができる方々にスタッフに入っていただきました。ですから作画チェックは勉強会のような状態で。たまに僕も行きましたが、“水島先生と京田先生による2D表現勉強会”でした。
「動きで見せるドラマ」を作るからには、単に人物を動かすだけではだめで、「この人は何を思って、どう動くのか」を理解する必要があります。下を向くのか、アイコンタクトをとるのか、というところからスタートしないといけなかったようで、水島監督たちは苦労されたと思いますよ。
しかしグラフィニカさんは楽園追放の制作以前から、アニメーターの板野一郎さんを中心とした「板野塾」という、若い3Dクリエイターに2Dアニメの演出技法を教える勉強会を開いていたので、(スタッフが意欲的に学ぶ)土壌があったのが良かったと思います。
―― これまでの2Dアニメと、3DCGの演出技法の違いには、どんなものがありましたか?
野口 僕が特に勉強になったのは、2Dの「連続させない」演出法です。
造形をモデリングして動かすところから出発している3Dでは、動きがどこまでも連続したままなのですが、テレビアニメでは作画の時間が取れないことを補うために、連続した動きを全部描くのではなく、最初と最後の動きのカットだけを見せて、見る側の脳に、中間の動きを補完させるのです。
全部の動きを見せなくていいということは時間の短縮にも繋がりましたし、メリハリや人間が生きている感じを見せるドラマ演出にもなりました。
そうやって2Dの方が3Dクリエイターに教え続けて、1年半ぐらいかかりましたが経験値が上がり、最後のほうは飛躍的に効率よくできました。
2Dと3Dの人たちの交流ができたことが、楽園追放という1作品のためだけではなく、今後の3DCGのためにもすごく良かったんじゃないかと思います。
―― 2Dと3Dという異文化交流があったのですね。
野口 異文化交流はたくさんありました。僕自身が、異文化にふれてびっくりすることばかりでしたから。
プロデューサーという仕事では、お客さんを呼ぶためには色んなアクションが必要なのだということも、初めて知りました。
宣伝もアニプレックスさんから、虚淵さんから、水島さんから……Twitterではこうしたほうがいいよとか、こうしたら喜んでくれる、これをやってしまったら悲しむなど、経験に基づいたアドバイスをたくさんもらいました。
(次ページでは、「長期プロジェクトのモチベ維持に必須なこと」)
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