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テクノロジー虎の穴 第7回

鹿野司氏に3Dプリンターの可能性について訊いてみた

3Dプリンターで料理は作れますか?――サイエンスライターに訊く

2014年12月25日 11時00分更新

文● コジマ/ASCII.jp編集部

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3Dプリンターで臓器を作る難しさ

細胞をインクにして印刷すれば、理論上は生物を完全に再現できるはずだが……

――前回、ASCII.jpの記事で鹿野さんにお話を伺った時に、「細胞を“インク”にして印刷する」という方法でクローン人間が作れるんじゃないかという話をされていまして。「すでに3Dプリンターで臓器を作ろうという研究もあるんですよ」とおっしゃっていました。……でも、臓器って作れちゃうんですか?

鹿野 「クローンではなくて、コピー人間ですね。クローンは発生学的なテクノロジーで遺伝子が同じ個体、つまり一卵性双生児みたいなものですが、記憶や外見など個性は全く別もので同じにはできません。でも、3Dプリンタを使ってある人間のコピーが作れるなら、それはデータをスキャンした時点での記憶も個性も完全に複製できるはずです。まあ、人体一人分を細胞一個一個レベルでどうスキャンするかは、想像もつかないオーバー・テクノロジーですが(笑)原理的にはできる。

その前段として、現実に臓器を作ろうという研究は各所で始まっていますし、ある程度まではできると思います。しかし、それはもちろん、そう簡単な話ではないわけです。

 まず、今では、細胞はどんな種類のものでも培養はできる。また、それを二次元の細胞シートにもできる。でも、そこから臓器に行くのは壁があって本当に難しい。たとえば、ある程度厚みのある形になってくると、中のほうには酸素や血液が届かなくなるんです。薄い膜なら周りの液体から酸素も栄養も拡散で入りますが、100層も200層も重なると奥には届かなくなって死んじゃうわけ。

 どうしたらいいかというと、少なくとも毛細血管が必要です。毛細血管もあり、複雑な臓器の機能も再現しようとしたら、色々な種類の細胞を『インク』にした『多色刷り』にしないといけない。しかも、3Dプリンターで血管を作りながらといっても、作成途中のところは血液が流れていないでしょう。それをどうやって生かしながら成形していくか、というところも技術のブレイクスルーが必要なわけです」

――そうか、臓器を作っている途中に細胞の一部が死んでしまったら、もう全体がダメになってしまうんですね。

鹿野 「作っている途中は中途半端な形になっているわけですが、その間も組織を生かしておかなければならない。だいたい、今の移植臓器だって保存は不可能で、臓器の種類によって多少違いますが、ドナーから取り出したら数時間で死ぬのが普通です。この壁をどう乗り越えるのか。また、細胞と細胞の間には細胞間マトリックスというコラーゲンなどの物質があって、それが細胞どうしの接着にも関わっているし、細々考えるとかなり大変だと思うんです。

 組織の細胞を一個一個スキャンして、この細胞はここにある……ということが完全にわかれば、3Dプリンターでコピー人間を作るのも原理的には不可能ではないし、細胞の大きさは1ミクロン程度だから、その解像度を達成するのはそれほど難しくない。SFならそれでいいわけですが、現実にそれを可能にするには、相当大変なブレークスルーが、いくつも必要なわけです。

 でも、こういう研究には可能性がある。臓器一個がまるごとできないまでも、医療用途でいえば中間段階で役に立つということはいくらでもある。今でも細胞シートといって、心筋細胞を薄いシート状にして、心筋梗塞で傷んだ心臓に貼り付けて機能回復させたり、肝臓細胞のシートを背中に移植して肝硬変で機能が落ちた肝臓の代替をさせるという研究もあります。3Dプリンターで完璧な臓器を作り上げるのは大変だけれども、その中間で、何らかの医療応用ができるということはありえるから、そういうことをやることには意味がある。

 それから、複雑な生理機能はないけど、構造的に必要な組織というのもあります。人工関節などにはすでに使われはじめていますし、先日も、動物実験で膝の半月板の足場を3Dプリンタで作って、再生に成功したという話がありました。3Dプリンタで細胞が棲み着くための足場を作って膝の中に入れてやると、そこに自分の細胞が棲み着いて半月板を再生させると同時に、足場の生分解性プラスチックは溶けて消えていくという使い方です。もちろん、生物の体というのは一筋縄ではいかなくて、体内に入れたら溶けて終わったみたいなこともあるんですが、こういう使い方は試行錯誤されながら、どんどん広がっていくでしょうね」

――ところで、3Dプリンターでなんでもできるという話だと、SF世界ではよくある、ボタンを押したりするだけで部品が勝手に出てくるみたいな描写を想像してしまいます。それの著名なものは何でしょう。元祖、みたいなものはあったりするんですか?

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鹿野 「一番最初かどうかはわかりませんが、多くの人の印象に残っているのは『スター・トレック』シリーズじゃないかな。ファンの間ではTOSと呼ばれている、1966年から始まった『宇宙大作戦』シリーズの時から使ってましたけど、『レプリケーター(replicators)』というのが出てくるんです。分子を材料として、実物とほとんど変わりのないコピーを作り出すことができる装置です。

 『お茶が欲しい』とか言うと、カップに入ったお茶が、じわーって出てきて、転送のテクノロジーを応用しているという設定じゃなかったかな。あらゆる食品がデータ化されていて、それを転送テクノロジーで実体化するのだとすれば、まあ、3Dプリンターの元祖かもしれないですね」


鹿野 司(サイエンス・ライター)

 1959年名古屋生まれ。サンエンス・ライター。科学、コンピュータ、SF誌を中心に、コラム、インタビュー記事を執筆。映画『ガメラ2』やテレビシリーズ『宇宙戦艦ヤマト2199』のSF考証なども手掛ける。現在、SFマガジンなどにコラムを連載中。著書に『オールザット・ウルトラ科学』(アスペクト)、『狂牛病ショック』(共著:竹書房)、『巨大ロボット誕生』(秀和システム)、『教養』(小松左京・高千穂遙共著:徳間書店)など。最新刊はSFマガジンでの同名連載をまとめた星雲賞受賞作『サはサイエンスのサ』(早川書房)。ブログは「くねくね科学探検日記」、Twitterアカウントは@sikano_tu

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