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佐武宇綺が聞いちゃいます オーディオのココが知りたいです! 第9回

エンジニア藤田厚生さんが気付いた“いい音”が生まれる瞬間

ハイレゾ時代でも、狙う音は驚くほどアナログ時代と同じ (4/6)

2014年12月25日 17時00分更新

文● 編集部、聞き手●佐武宇綺、写真●神田喜和

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実はアナログ時代に作った音と不思議なほど変わらない

── 35年間のキャリアとなると、アナログからCDの初期、そして現在のハイレゾまでさまざまなフォーマットに触れられてきたと思います。音作りは時代時代、変わってくるものなのでしょうか?

藤田 それがね。僕の場合、驚くほど同じですね。この間、実家の倉庫に預けてあった、仕事をし始めたころのアナログレコードを処分しに帰ったんです。アナログレコードをカッティングしてプレスする前に作る、いまでいう試聴用のプルーフ盤がガっと出てきたんですね。その中の何枚かは思い入れがある盤だったので、家で改めて聞いてみました。そしたら、いまと何にも変わらないってことが分かりました。

 実は僕、一時期までデジタルレコーダーで録った音はとんでもなく音が悪いと思っていました。こんな音じゃ誰も満足しないから、デジタル化に自ら進んで取り組んでいこうとは思わなかったほうなんだけど。デジタルの時代になって、スタジオの機材も徐々にそちらに入れ替わっていく中で、対応していかざるを得なくなった面があります。

 よくよく考えてみたら、マイクロフォンは当時と同じだし、音を聞いている人間も変わらない。変わったのは調整卓がデジタル化されたりとか、アナログのテープで作業していたのが、PCベースのワークステーションになったりとか、途中で記録するメディアが変わっただけなんです。音を出すスピーカーももちろん少しはよくなってるけれども。基本は何も変わってないんですよ。

佐武 そうなんですか!

藤田 そう。だから実はあんまり進歩してなかったなっていうのがいまの実感です(笑)。自分はこの三十何年間、いったい何をやってたんだろうと思うと、少しがっかりした面もあるんだけど。

佐武 でも、このスタジオで聞いた音は、私にとっては新しくてリアルな音に感じましたよ!

黎明期に可能性を感じた、DSDフォーマット

── ハイレゾの時代になって、デジタルの音源もアナログに近い情報量に持ち、より滑らかな再現ができるようになったと言われることもありますが。

藤田 デジタル=PCM的な捉え方をされている気がするんですが、サンプリングという点を考えると、CDの時代は44.1kHzだったのが、最近では96kHzが主流になりつつあります。

 これとは別にDSDというフォーマットがあって、十数年前にDVD-AudioとSACDが登場したときに、僕は両方の陣営に協力して仕事をすることができた。とてもラッキーだったと思います。松下電器産業(当時)のDVD-AudioはPCMの情報量を高めていく方向。一方ソニーのSACDはDSD方式という新しい方式でやっていくんだという説明を受けました。そう聞くうちに、理屈的にはPCMには限界があるな、でもDSDは将来すごく音がよくなりそうなフォーマットだなと気が付いて、考え方を改めないといけないと感じました。

 突き詰めていくと、PCMでサンプリングをしている以上はどうしても間が抜けて、情報の取りこぼしが出てしまいます。DSDはこの取りこぼしをなくそうする技術だからです。

録音時の制限が逆に緊張感を生むことも

藤田 ただしDSDには限られた機材で、限られたことしかできないという難しさがありました。それを理解してやればすごくいい規格だなとも思います。

 アナログの時代は、何テイクも録って一番いいものを選ぶ。1曲の歌を収録するのに、3日間ぐらい時間をかけ、その中からいいものを選ぶのが普通でした。いまはそうしないかもしれないです。両極端になっていると思うんですが、上手に歌える人なら数テイクでOKだし、そうでない人も結局、数テイクの中からいいものを選んで、技術の力を借りる。

佐武 私はどっちかなぁ(笑)。歌手を始めたころは、何時間もかけて録音をした記憶があるんですけど。

── PCMではProToolsのようなソフトの力を借りて音程などさまざまな部分を修正できます。でもDSDでは録音したあとの編集がほとんどできなかったんですよね。

佐武 えっDSDでは編集ができないんですか!  DSDの録音をすることになったら間違えられないし、ドキドキですよね。

藤田 最初の話に戻りますけど。僕はね、現場に緊張感がないと“いい音”を出せないんじゃないかと思っています。先ほどの話にちょっと戻るんですけど、DSDレコーダーが出た最初の頃は、非常に簡単な編集、例えばパンチインといって録音した曲を途中まで聞いて、サビだけ歌いなおしたりできる技術があるんですが、それすらできなかったんです。

佐武 あっ! できなかったんですか?

藤田 そう。本当にただ録るだけ。だからサビを間違えたりすると、全員でもう一回、別テイクを録るわけですよ。一人ずつが間違えられない。ドラムも歌手も、伴奏の人も。だから始める前には、今日はこういう録音だから、間違えることはできませんよと、しなければならない。

 そんな場合でも、信頼関係があればいいテイクが取れるんです。

 あるときDSDレコーダーでギターソロを録音することになったんですよ。その人は初めてのDSD録音だったんですね。ソロを引いていて途中で間違えて、途中だけ差し替えたいという話になったんです。「ごめんなさい、できないんです」って答えたら、「えっ!?」と驚いて「それじゃあ、今までの音だけ聞かせてみてよ」と。

 プレイバックしたら「何この音? いままで僕がレコーディングした中で、こんないい音で音が出たの初めてだ」って言ってくれたんです。「でも編集できないんだよね、分かった。15分ぐらい時間ください」っていって横で練習するわけ。よしじゃあそれでお願いしますと、通しで弾き切るんだけど、最後に出たのが「あ~っ」っていうため息(笑)。それだけ緊張して弾いたんで、みんなもすごいねってなる。

 不便といえば不便だけど、そういうことで逆に演奏する人の意識を盛り上げる効果もあったりしますね。

佐武 もはやライブですね! 一発勝負の緊張感が。私たちもこれが勝負だと思って臨みます。そういうレコーディングのやり方があるんですね。

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