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テクノロジー虎の穴 第6回

通信衛星、GPS、地球観測……私たちの生活を支える様々な宇宙の技術

松浦晋也氏に訊く、はやぶさ2と宇宙のテクノロジーのこれから

2014年12月17日 09時00分更新

文● 松野/ASCII.jp編集部

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GPSと湾岸戦争の関係

――宇宙開発で培われた技術の中で、「このテクノロジーがなければ世の中が変わっていたな」というものはあるでしょうか。

松浦 「通信衛星は、かつては明らかに世界を変えましたが、現在の通信の大部分は海底に通した光ファイバーで行われてますね。光ファイバーを通しにくい、島を多く抱えるインドネシアのような国では衛星に頼っていますけれども。いまは主に、銀行や大手スーパーなんかのバックアップ回線として活用されているようです。通信容量は小さいですが、少なくとも地上インフラの動向には左右されないので。

 1964年、世界で初めて静止軌道に投入された通信衛星『シンコム3号』は東京オリンピックの開会式を世界中に中継しました。それまでは衛星中継できる時間が限られていて、世界の人々がリアルタイムでオリンピックを見ることなんかできなかったわけですよ。少なくとも60年代には時代の象徴だったことは間違いないです。

衛星通信は大きく世の中を変えた

――現在も広く使われている技術だと、どんなものが考えられるでしょう。

松浦 「みんな気が付いていますけど、一番大きいのはGPSですよね。こんなに簡単に生活に馴染むとは思わなかったですよ。カーナビが出てきたのは80年代後半からですけど、あの技術は元を正せば、アメリカの国防総省が軍隊やミサイルを砂漠で誘導するために作ったものですよね。その前は地上で電波の到達時間差を用いる航法システム「LORAN」が使われたし、初代GPSとも言える衛星測位システム「TRANSIT」というのもありました」

――90年代までの民間向けGPSは、信号データに誤差を与え、わざと不正確になるような処理が施されていましたね。解除のニュースはメディアでも大きく取り上げられました。

松浦 「Selective Availability(選択利用性)ですね。内部的に何をやっているかには触れず、民生用では100メートルまで(精度を)保証します、というふうに言っていました。だからあの頃は、カーナビを入れて川沿いを走ると川の中を進んでいるように見えた(笑)。車メーカーも苦労して、川の中に入ると自動的に位置が横滑りするようなアルゴリズムを開発したりして。少なくとも80年代にはみんな、GPSがそれほど使えるものだと思っていなかった。それが一変するのが、実は湾岸戦争のときなんです。

 当時はGPSの誤差の測定を調布にある航空宇宙技術研究所でやっていたんですが、湾岸戦争が近づくにつれ、それまで20メートル前後で推移していた数値が100メートルにまで広がったそうです。ところが、開戦直前になるといきなり精度がぐんと上がって、5メートル前後にまで縮まった。それは要するに、スクランブルをかけていない状態なんです。何があったかというと、軍用コードのGPS受信機の生産が間に合わなかった(笑)。

 さらには当時アメリカから戦地に赴く兵士の家族が、民生用のGPSを買って兵士に持たせるわけですよ。軍隊に民生用の受信機が山ほど流入していて、それが使えないなんて突き上げが来たもんだから、外さざるを得なかったんです。民間ぜんぶを対象にしているSelective Availabilityは、かけるも外すも全世界的にやらなければならなくて、世界中で精度が上がったと(笑)。そこで色々な人が、アレができる、コレができる、と気が付いてしまった。中には知恵者がいて、ディファレンシャルGPS(FM電波を利用して、衛星での計測結果に補正情報を反映させ、精度を高めたGPS)なんかを始めてしまうわけですよ。Selective Availabilityをかける意味がなくなってきた結果、クリントン政権のときに、正式にやめますという話になったんですね」

コモディティー化で軍事技術がゲームに

――その頃に比べれば、ずいぶんと身近になった気がします(笑)。

松浦 「中学生ぐらいの頃に『007』シリーズを見た時、ジェームズ・ボンドが電波発信機を使って相手の位置を追跡していて、その原理がどうしても分からなかった。今なら『GPSだ!』って言えるんですが(笑)。でも、その頃の人間の想像力は、兵器を誘導するとか、敵を追跡するとか、そういう方向にばっかり向いていて、まさかそれでゲームをするようになるとは思わないわけですよ(笑)」

――遊び道具になるとは思いませんよね。コロプラやIngressを見ていると、便利な技術がコモディティー化するとこんな凄いことが起きるのか、という驚きがあります。

松浦 「多分、コモディティー化すると色んな人が使うようになりますから、発想の幅が広がるんでしょうね。ポケベルなんかも会社員が使っているあいだは電話番号を教えるだけのツールでしたが、女子高生が使い出した途端に文字情報を乗せるようになってしまったり。それを考えると、宇宙関係の技術も、参入してくる人が増えればまた違う用途が見えるようになると思うんですね。まだまだ、ロケットは1回上げるのに何十億、宇宙飛行士はISS(国際宇宙ステーション)に6ヵ月の滞在で400~500憶の世界ですから」

(次ページ、「衛星写真が無料で提供されるようになる?」に続く)

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