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第1回「角川インターネット講座 THE SALON」村井 純氏講演 第1回

“インターネット”がノーベル平和賞候補だった!?

インターネットを作った人物が語った、インターネットができるまで

2014年11月18日 09時00分更新

文● 鈴木淳也(Junya Suzuki)

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インターネットを前提とする社会の未来

 インターネットは、世界中のコンピュータが互いに接続され、協調して動作することで成り立つインフラだ。プロジェクトそのものは1960年代ごろの実験や研究にさかのぼり、さまざまな試行錯誤を経て少しずつネットワークを構築し、現在の世界中をカバーするインフラとなっている。

 今回講演を行った村井氏は、このインターネット構築の根幹を担った日本の主要人物の1人だ。『角川インターネット講座』全15巻を監修・執筆するメンバーの顔ぶれはさまざまだが、村井氏はその出発点ともいえる。

 実際のところ、15巻の監修・執筆メンバーのほとんどは「インフラとしてのインターネットの上で活躍する」人たちが中心なのに対し、村井氏だけはインフラそのものを作った人物だ。そして、「インターネットが前提になったいま、どういった社会を作っていくのか」というのが、Web 25周年にあたる2014年に、改めて考えていかなければならないことだろう。

 村井氏は「インターネットの課題として、残ったところをどうつないでいくか。デジタル情報をみんなが使える状態になったとき、どんな社会ができるのか。どんなリスクがあるのか。もちろん構築する側のわれわれにもたくさんの課題があるが、その一方で構築されたものを前提に作らないといけない未来もある」と指摘する。

角川インターネット講座「THE SALON」

 そうした未来に向けて、このシリーズはインターネットで活躍する人々へのメッセージ的な意味があるのかもしれない。

 村井氏は自著(『角川インターネット講座 第1巻 インターネットの基礎 ~情報革命を支えるインフラストラクチャー』)の中で、ヴィント・サーフ氏に寄稿してもらったことを紹介した。現在Googleに在席するヴィント・サーフ氏だが、インターネットを生み出した中心人物の1人であり、「インターネットの父」とも呼ばれる。

 村井氏が語った隠れたエピソードとして、過去3年間ほどノーベル平和賞候補に「インターネット」が挙がっており、もし実際にインターネットが同賞を受賞したなら、授賞式にはサーフ氏が出席し、村井氏がTV出演して解説を行う予定だったという。

 インターネットの誕生は、基本的に2つの動きから成り立っており、その1つは1969年に誕生した「UNIX」で、もう1つは同年に実験が始まった、TCP/IPの基となる「ARPANET」(アーパネット)の「パケット通信」だという。

 そのUNIXの開発メンバーの1人だったのがデニス・リッチー氏で、同氏はUNIXのソースコードの可読性を高め、また後のオープンソースの考えを広めるに至った「C言語」の開発でも知られている人物だ。また「ファイル」「ファイルシステム」という概念を考え出したのもリッチー氏だったと言われており、画像から動画まで、あらゆるデータをファイルとして扱う仕組みは、今日までそのまま引き継がれている。

 UNIXの誕生においては、当時リッチー氏とともにAT&Tのベル研究所にいた、ケン・トンプソン氏の存在も欠かせない。トンプソン氏は米カリフォルニア大学バークレー校へやってきてUNIXのカーネルに関する講義を行っていたが、この講義を取得していたのがビル・ジョイという人物で、後に「BSD」(Berkeley Software Distribution)のプロジェクトの中心人物となっている。

 ジョイ氏はさらに米Sun Microsystems(現在は米Oracleの一部)の創業メンバーの1人となったが、このBSDのシステムは現在もなお多くのコンピュータの中で息づいており、たとえばMac OS Xの中身はBSDをベースとしていることが知られている。

 ジョイ氏は村井氏と同期であり、古くから交流があったそうだ。当時、DARPA(ダーパ:アメリカ国防高等研究計画局 当時は前身のARPA)の共同研究として「ネットワークOS」という概念が登場し、1982年ごろにはTCP/IPの仕組みをBSDのソースコードに入れようということになったという。この試みは4.2 BSDの時代に行われ、ジョイ氏とは密に作業を行っていたと振り返る。

 その時代のUNIX――BSDが日本中のマシンに入っている状態で、バージョンアップの過程でTCP/IPというプロトコルが一斉に入ってくることとなった。

角川インターネット講座「THE SALON」

 当時BSDを動かしていた大学の人々は、TCP/IPのソースコードから「インターネットが何であるか」をすぐに理解することができた(これにはもちろんリッチー氏のC言語で記述されたUNIXが広まったおかげ……という前提がある)。

 このインパクトは非常に大きく、BSDを通してTCP/IP、さらにはインターネットという概念を世界中に一気に広めた「ビル・ジョイ」もまた、インターネットの父に相応しいのでは?……というのが村井氏の感想だ。『角川インターネット講座 第1巻』には、そんなエピソードも書かれているという。

 なお、Web 25周年の今年、ティム・バーナーズ=リー氏に先ほどのヴィント・サーフ氏や村井氏なども交えて、米カリフォルニア州サンタクララでWeb 25周年記念ディナーが10月に開催されたそうだ。

 インターネットやWebを作った人々が語るそういった過去のエピソードだが、村井氏は、過去の話そのものは自身にとってあまり面白いものではないとも語った。一方で、現在のインターネットが作られていく過程において、本当に起こったことをきちんと伝えていくことも大事ではないか――というのが、角川インターネット講座執筆のモチベーションとなったようだ。

※講演の後半の内容は後日掲載





 「角川インターネット講座 THE SALON」の第2回として、11月20日に、KADOKAWA・DWANGOの会長で角川アスキー総研主席研究員でもある川上量生氏が「日本のネットカルチャーを動かすもの:嫌儲、炎上、非リア充、コピー」というタイトルで講演を行う予定です。ぜひご参加・ご視聴ください。

 詳細は「角川インターネット講座 『THE SALON』」のWebサイトをご覧ください。

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