貧乏と金持ちで聴く音がぜんぜん違ったアナログ時代
アーカイブの話に戻ると、これは財産だと思うんですね。特にアナログ時代のアーカイブは、言ってみればハイレゾ以上の情報量があるわけですよ。高域の制限もないですし。でもアナログ時代にいい音を聴くためには、お金がかかったので、そのいい音に迫れる人はごく少数でした。例えばカートリッジ1個100万円、アンプ200万円とかいう世界なら、今のハイレゾに迫る音を体験できたんですが、普及機では全然だめでした。
だから、アナログは貧乏か金持ちかがハッキリと分かれる世界で、庶民とリッチな人では同じレコードでも出てくる音がまったく違っていた。これがデジタルになって、その差が平均化した。
いずれにしてもアナログのマスターにはリッチな情報が含まれているけれど、それを引き出すことが非常に難しかった。それがハイレゾになって、リマスターされて再開すると、「この音はこんなにすごかったのか」と驚かされる。
例えば没後25周年で企画された、カラヤンのアーカイブは1950~70年代の、マスターテープからハイレゾに変換しリマスター化したもので、ユニバーサルとワーナー・ミュージックからたくさんのCDやSACDがでました。さらに配信もやっていて、昔聞いた覚えがある演奏なんだけど、これってこんなにすごかったのみたいな、驚きがある。「こんなに鮮烈で鮮明で、情報量も多く、すごいパフォーマンスだったのか」と初めて分かるというか。
特に今回は大元のマスターテープからハイレゾにしているのでさらに情報量が多いんです。カラヤンのベルリンフィル管弦楽団の音源をアビイ・ロード・スタジオで、当時のテープデッキで再生し、そのまま96kHz/24bitにデジタル変換する。その後、アビイ・ロード・スタジオ謹製のイコライザーで少しイコライジングをして出した形なのですが、アナログの情報がまるまるデジタルにトランスファーされています。
だから言い方が矛盾していますけど「本当にアナログらしいハイレゾの音」ですね。きちっとトランスファーするとアナログの音がする点が興味深いです。もう一つ大事なのは、“アーティキュレーション”、つまり細かい音の流れや柔らかさ、強弱などを演奏家は時間とともに変えてるんですけど、その微妙な綾がこれまではなかなか聞き取れなかった。
アナログでプアーな装置を使うとノイズが多いし、CDにすると今度はカチッとしたCDの音になってその微細なニュアンスが出てこない。
だから今回やっと本物の演奏が体験できた実感があるし、カラヤンは「ここでこんな工夫をしてたのか」とか「ここはこうだったのか」とか、新発見の連続なんですね。
だから、昔レコードを聴いた人にとっても、全然新しいものに感じるし、新しく聴く人にとっても、アナログ時代の音はこうだったのかと感じられる。デジタルなのに、アナログの良さが実感できるんです。
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