「どんだけ売れるかわかったら、ええねんけどな」の一言
そして、現在チャレンジしているのが、過去15年分の日次/分次データを用いた需要予測システムの構築だ。平岡氏は「今までは過去の売上、入荷、リードタイムから今買いたい物を決めていたのですが、需要予測システムは過去を振り返り、さらにどれくらい売れるかを予想します」と語る。
需要予測が可能になると、仕入れるべき商品がどれかをピックアップし、どれだけ仕入れるべきかを、オペレーターのTo Do画面で指示できる。「リードタイムの期間中の販売数量と現在庫の差を出し、どれくらい発注すべきかの具体的な数値が出せます」(奥山氏)。
適正在庫管理にとどまらず、需要予測にまで踏み込んだきっかけはリーマンショックがある。「原材料が高騰した時に買った輸入製品が、リーマンショックのせいで価格が一気に1/5になってもうたんです。その製品は余っても売れないのでデッドストック扱いになるんですが、新しい商品を仕入れるのにも、余剰を出すのが怖くてギリギリでやってまう。でも、こうなると欠品が起きてまうんです」(奥山氏)と語る。
そんな課題を抱えた奥山氏が聞いたのが、ある仕入れ課員の「どんだけ売れるかわかったら、ええんねんけどな」という一言。この一言が社長でありながら、プログラマーでもある奥山氏に火を付け、需要予測にチャレンジすることになる。「微積でトレンドの変わる際の傾きを見つければ、なんとかなる思った」(奥山氏)。
そんな奥山氏とともに、アルゴリズムの設計に携わったのが、マーケット・リスク・アドバイサリーの大崎将行氏だ。マーケット・リスク・アドバイサリーは社名の通り、原材料価格や為替の市場リスクを管理するアドバイスをしており、将来的なリスクの幅がどれくらいになるのかを計量経済学的に予測する技術の特許を持っているという。大崎氏は「APIMだけではトレンドの変化や季節的な変動に機動的に対応していくことが難しい局面があります。過去1年の売り上げだけでなく、もう少し細かく区切って、売れる量を予測する仕組みを導入して、精度を高めるのが狙いです」と需要予測システムについて語る。
経営者兼エンジニアである奥山氏、市場予測の専門家である大崎氏、システム構築を手がける宮本氏の3人が最終的に行き着いたのは、時系列データを用いた予測分析手法として注目される「ARIMA(Autoregressive Integrated Moving Average:自己回帰和分移動平均)モデル」だった。これを需要予測に使う同社の数学的・統計的な理論に応用した。
需要予測と言うと占いっぽいが、正確に言うと「季節性の考慮」だという。奥山氏は、「ねじ製品は新しく生まれる製品がほとんどないので、新しい商品でのトレンドが生まれにくい。逆に死んでいく製品も少ないので、基本的には決まった製品数で、受注の大きい小さいが回っているんです」と説明する。つまり、突発的な需要の波でも、過去になんらかのトレンドがあり、再現性があるというわけだ。
競馬でも占いでもない需要予測とは?
難しかったのは過去データをどこまで利用するか。商品のレコードが膨大なので、これをいかに少なくし、短時間で回すかが鍵だった。大崎氏は、「みなさんモデルを重視し、利用する期間に関しては意外とどんぶり勘定。でも、過去半年のデータで、半年先を予測できるか、実はわからないんです」と語る。
これに対して今回は実際に複数の期間で予測を試し、計算をさせた上で、一番高い精度を実現した期間を割り出すというマーケット・リスク・アドバイサリーの特許手法を採用している。大崎氏は「過去1年間でもっとも高い的中率を出した人を調べるという意味では、競馬新聞の予想と同じ。でも、この手間を惜しむと、結局的中率は上がらないんです」と語る。凝ると精度は高められるが計算量が必要になる。一方で凝らなければ、計算量は減らせるが、精度は低くなる。有限のリソースでどこまで精度を高められるかが、大きなハードルだったという。
一方、サンコー社内では、周りを巻き込むのも苦労した。奥山氏は、「みんな、なんの裏付けもなく、平均値を出して、数%下駄(マージン)履かせた値を理論的と言いよるんです。それは違うということで、なんらかの数式にたどり着くと、今度はもはや周りの人を置いていってまう。その人たちに説明するのが一番大変やった」と語る。
サンコーの需要予測システムは現在アルゴリズムの設計が終わり、実装を進めているところ。こうした取り組みは、ねじの卸し業界ではきわめて先進的と自負している。奥山氏は、「今、需要予測系の記事では、正直簡単な計算が多いにも関わらず、それをさもすごいことのように言うてはる。それに対して、うちのは相当精度は高いはず」とアピールする。まさに奥山氏が社長として、エンジニアとして手塩にかけた新システム。在庫リスクや市場の浮き沈みにいち早く対応し、今まで手の届かなかった“すき間”の市場に果敢に攻めていくという。まさに経営戦略としてのITを推し進めた同社の取り組みは、まだまだ続きがあるはずだ。
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