沖縄・宮古島にあるハンバーガーショップ「ダグズ・バーガー」の客単価は約1750円。離島での観光地価格といっても、小売・飲食業としては相当に高い。だが、日本に進出したスターバックスが他チェーンよりも高単価なコーヒーを提供する一方で、居心地のよい店内とブランドイメージの追求が功を奏し、店舗が拡大していったように、ダグズ・バーガーも独自の展開で売り上げを伸ばしている。
「(ダグズ・バーガーの)ミッションは、地元の素材を地元の供給者からできるだけ高く買い取り、それに独自の付加価値をつけて適正な価格で消費者にお届けすること。安さを自慢するのではなく、これならば高いのも当然と言われたい」と語るのは、筆頭株主・オーナーの照井公基氏。
照井氏は、アメリカでの弁護士業を経て、NASDAQ上場企業のソニック・ソルーションズの役員や日本法人の代表取締役を務めた人物。北米在住歴はすでに30年近い。2011年2月、Roviによるソニック・ソルーションズの買収を機に一線からは「引退」。「半分冗談だが、マグロ釣りのために通っていた宮古島への旅費を経費で落とす方法として自分で店をやろうと」と笑顔を見せる。
米国法人である照井氏個人の弁護士事務所の子会社として設立されたダグズ・バーガーは、言ってみれば日本国内で事業展開を行う外資系企業だ。2011年5月に日本で法人設立して、バーガーショップの開店は同年12月。以降、コーヒーショップ、ECサイト、レザーグッズ販売、魚釣りツアーと事業は広がり、飲食ではすでに宮古島で有数の規模に急成長した。創業4年目の今年は1億円を超える売上高を見込んでいる。
いかに快適な空間を提供できるか
NASDAQ上場企業の経営者だった照井氏に飲食業の経験は一切ない。「バリバリのITなので異業種出身。ただ、宮古島についてはよく知っているマーケットだったという点が大きい。ないないだらけだったので、事業構成は、自分が欲しいものを作っていっただけ」
宮古島のリゾートとしての観光資源は高い。高級なホテルが充実して夕食向けには多くの居酒屋などがあるが、まだまだランチをきちんと提供する場所がなかった。「せっかく宮古島に来ても、お昼がただの弁当やコンビニのサンドイッチではもったいない。宮古島だけにあるド派手なランチを作ったら当たると思った」
一方で、宮古島で取れるキハダマグロは、日本国内では刺身としての価値が低い。地元漁師の苦労を間近で見ていた照井氏は、サンフランシスコで見たマグロのステーキバーガーをヒントにバーガーショップを開店する。「素人としてやってみて思ったのは、ブランドを作るにはとにかくお金と時間がかかる。そんな簡単にはいかない。開業1年目は不本意だが慣らし運転だった」と語る。
だが、2年目となる2012年初頭からは、宮古島の野菜や肉、魚、果物を宅配するECサイトやコーヒーショップへとブランドを拡大。地域での告知も強化し、初年度の約6倍となる売り上げを達成した。日米を往復するなかでできた航空会社とのコネクションから開店した石垣空港のダグズ・コーヒーでは、コーヒーだけでなくハンバーグサンドイッチやツナサラダサンドイッチなども提供。ハンバーグサンドイッチは、2013年度石垣空港で一番売れた商品となった。
ブランドは成長したが、スターバックスと同様に混雑での悩みも抱える。ダグズ・バーガーでは、最長で待ち時間が90分になってしまうこともある。「今のジレンマは、旗艦店であるダグズ・バーガーが混みすぎること。忙しすぎてサービスがおろそかになる。バーガーショップの3軒隣にコーヒーショップを作ったのも、もともとは待合室のつもりだった」と語る。食事がおいしいのは当たり前で、いかに快適な空間を提供できるかが価値となるのだ。
スタッフに価値を気づかせる
米国スターバックスのハワード・シュルツCEOは、「米国の企業として初めてパートタイムの従業員に健康保険とストックオプション(自社株購入権)を与えた」(『スターバックス再生物語 つながりを育む経営』徳間書店刊)が、ダグズ・バーガーでも従業員全員にストックオプションがある。
照井氏は「給料を高くしていい人をキープするのは当然」として、ダグズ・バーガー正社員の給料は宮古島としては際立って高い。しかし同時に、スタッフに求められるレベルは、JALのファーストクラスのサービスや照井氏のシリコンバレーの経験が基準となる。
さらに、バーガー、コーヒー、ECサイトなど、各カンパニーで日ごとの収益をクラウド上で管理されているデータベースを使って追いかけさせている。同時に各カンパニーごとに1か月の累積黒字の一部が従業員のボーナスに直結。結果、収益報告はただの日報ではなくなっている。「レベニューチェイサーは完全にシリコンバレーのやり方。何が起こるかというと、社内での健全な会計やり取りが発生する。例えば、パテを作る側は早く店舗へ納品したい。だが、冷凍庫に在庫がたまっていくリスクを天秤にかけるから、販売する店舗はぎりぎりまで持ちたくない。このカンパニー間のバトルがすごい。1年半、ものすごく言い続けてやっと実現した結果、ようやく意識が高くなった。今では各自が毎日の収益で一喜一憂している。それが当たり前」
今後のさらなる成長には、他店との差別化も不可欠だが、すでに対策も練られている。ダグズ・バーガーで一番力を入れているのは、実はサイドディッシュだ。「ハンバーガーやコーヒーといった主役は所詮嗜好品。誰しもが美味しいとは言ってくれない。でも、例えば他店のハンバーガーがおいしいといわれても、ダグズ・バーガーのオニオンリングスだけは世界一と言われたい。そうすればお客様の記憶に残る。だから一番大切なのは伏兵だ」
すでに照井氏のダグズ・バーガーへの個人投資金額は1億円を超えており、自らの持ち出しが多い。PL(損益計算書)上では10%の純利益が出始めているが、それでもキャッシュフローはまったく次元が異なる戦いだという。「常にキャッシュとの戦い。円がないとどうにもできない」
45歳からのスタートとなった事業だが、60歳での売却、そして「再」引退も宣言している。「60歳で売るときに売上高の5倍、悪くても3倍で売りたい。年商3億円なら15億円になる。だから今現在ストックオプションを持っている社員には、現在持っている株が将来いくらになるかを説明している。15年間でどこまで企業価値を高められるかが勝負。すべて企業バリュエーションの話。そんな話ばかりをしていたNASDAQ上場企業からは引退したと思っていたが、結局同じリングに戻ってきた」
好評発売中の「アスキークラウド2014年10月号」の特集「スターバックスに学ぶ完璧なオムニチャネル」では、スターバックスの実践するビジネスモデルから、勝ち残る企業の創意工夫に迫っている。