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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第46回

ユニバーサルミュージックのキーパーソン・鈴木貴歩氏に訊く

Spotify上陸直前――定額配信とリアルイベントは音楽に何をもたらす?

2014年08月26日 09時00分更新

文● まつもとあつし

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楽曲の回転率を上げるプレイリストマーケティング

―― たしかに音楽は、1回楽しんでもう一度となりづらい電子書籍や映画などとはその点が異なりますね。

鈴木 「そうですね。そして、私たちは楽曲の試聴回数を増やすために力を入れているのがプレイリストマーケティングです」

―― それはどういったものですか?

鈴木 「ユニバーサルミュージックが運営するDigsterというサイトにアクセスしてもらうのが分かりやすいと思います。Spotifyは残念ながらまだ日本からはアクセスできませんが、こういったプレイリストを提供しているサイトは参照いただけますので。

Digster

 様々なテーマに沿ってプレイリストが用意されていて、ListenボタンをクリックすればSpotifyの音源が再生されます。例えば、80年代クラシックヒッツみたいな感じで、僕らがピックアップしたトラックをリコメンド(推奨)しているわけです」

―― それは貴社が保有する楽曲のみ?

鈴木 「他社の楽曲もミックスしています。僕らの楽曲だけだとちょっとあざとすぎるし、面白くないプレイリストになりますから(笑)」

―― 他社の楽曲をプレイリストに加える際には、アルバム収録のような許諾を取ったりはしないんですか?

鈴木 「それはやらないです。ただ単にプレイリストを作るだけですから」

―― なるほど。

鈴木 「つまりこういったプレイリストを提供すれば提供するほど、我々が持っている豊富なカタログへアクセスいただく頻度が増えることになります。結果としてSpotifyの売上のなかから我々が得る収入も大きくなるというわけです」

―― これまでの発想ですと、Spotifyなどサービス運営者自身が特集コーナーを設けて、といったことが中心でしたが、コンテンツ提供者など外部で自由にこういったプレイリストを用意できるようになったわけですね。

鈴木 「そうですね。Facebookアプリと同様に、Spotify自身が第三者がアプリを開発できる環境を用意しています(2014年8月現在、新規アプリ申請は受け付けていない)。このDigsterもそれを利用したものですね。その他にも、ピッチフォークという米国の音楽メディアとか、Last.fmみたいなパーソナライゼーションラジオ、ビルボードなどもSpotify対応アプリを提供しています。

 こういったプレイリストマーケティングはもうポピュラーになってきたので、今度はSpotifyがこういうアプリを紹介するような形になっていますね。

 面白いのはこのジャズレーベルとしても知られているBlue Noteのアプリです。このアプリでは、例えば年代を選んだり、さらに楽器やボーカルの有無をフィルターにして楽曲をピックアップし、プレイリストを作ることができるんです」

Blue Note

―― これはSpotify側がそういった、楽器やボーカルの有無といったデータベースを持っているんですか?

鈴木 「基本的な情報は持っていますね。あとはエコー・ネストという音楽データベース会社が英国にあって、最近、Spotifyがそちらを買収しているのですが、そういった会社が公開している情報を使って僕らもプログラムを組んでいます」

―― 当然アプリを作っていくのには予算や人手などのリソースも必要だと思うんですけれども、それはマーケティングあるいはセールスの向上のための投資と考えて取り組んでいるのでしょうか?

鈴木 「はい、そうですね。販促という考え方です」

―― 逆に言えばインディーズレーベルのようにおカネがかけにくいプレイヤーにとっては厳しい面があるかも知れませんね。

鈴木 「そうですね」

―― こういったマーケティングというのは、iTunesのようなダウンロードでは難しい試みだったのでしょうか?

鈴木 「ダウンロードの場合は、アプリというよりも、やはりメディアからの動線が重要ですね。我々が最近力を入れているのは、Twitterの有料商品であるプロモツイートです。

 広告ツィートをユーザーのタイムラインに配信し、iTunes Storeなどに誘導するといった手法ですね。AppleがAPIをSpotifyのように公開してくれれば、他にもやりようもあると思うのですが」

―― 2012年に終了した音楽SNSのPingはこんな世界を実現したかったのかもしれませんね。

Ping

鈴木 「そうですね。Facebookには『読まなければ読まなくてもOK』という緩やかなつながりがありますが、Spotifyが生むつながりもそれがベースにあると思います。そんななかから、『この人のリコメンデーションはセンスあるな』という具合に注目を集めて、有名になる人も出てきていますね。

 ドイツのソングピッカーというユーザーはフォロワーを2万5000人以上集めていたりします。現在のところSpotifyのプレイリストはそれでアフィリエイト収入を得られる、というものではありませんから、いわゆる『承認欲求を満たす』といった動機にはなると思うのですが。

 ただ、こういった有力なキュレーターに対して、インディーズレーベルから『この楽曲を取り上げてもらえないか』といった連絡があるという話も耳にします。こういった動きが将来的にはビジネスチャンスになるかもしれません」

―― 個人が作ったプレイリストもメディアとしての力を持ちつつある、ということですね。

鈴木 「そうです。例えばユニバーサルミュージックに所属しているLORDEという17歳のニュージーランド人の女性シンガーがいるんですけど、彼女がブレイクしたきっかけの1つが、Spotifyのプレイリストだったんです。

 Napstarの創設者でもある“ショーン・パーカー”という起業家がいるのですが、彼のSpotifyのプレイリストにロードの楽曲が付け加えられたことで、注目が集まりました。彼女はその後グラミー賞まで取っています。

 ソーシャルや個人のインフルエンスと結びついて音楽が売れる時代になったという実感があります」

―― なるほど。サブスクリプションというと、大きな入れ物にコンテンツが放り込まれてしまって、廉売されてしまうっていう、ネガティブなイメージも持っていたのですが、その手前にプレイリストという仕掛けを施すことによって、コンテンツそれぞれの価値とか重み付けを演出できるというわけですね。

鈴木 「サブスクリプションはサービスモデルとしては定額でどんな曲でも聞けるので、音楽に触れやすくなるんですね。したがって、そのなかで私たちの音楽に触れやすい機会を多く作ることで、結果的には今までのレベニューを上回る可能性があるというのが私たちの見方です」

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