2次キャッシュを内蔵した
Pentium III
こうしたことからIntelは次の製品の開発を急ぐ。それが、SSEを搭載すると共ともに、パイプラインを1段増やして多少高速化を実現したKatmaiコアのPentium IIIである。
競合のAMD K6-2は350MHzが精一杯、続いて出てきたK6-IIIは大容量3次キャッシュが足を引っ張って450MHzがやっと、という程度だったため、600MHzまで引っ張れば多少時間が稼げるだろうという判断があったと思われる。
ただ競争の激化を受けて、当初リリースされた450/500MHz品の価格はそれぞれ469/696ドル、5月にリリースされた550MHz品も744ドルと、やや控えめな金額になった。
もっともPentium IIの時代から、サーバー/ワークステーション向けに2P以上の動作を保障した製品をPentium II Xeon/Pentium III Xeonとして別立てとし、こちらは相変わらず猛烈な価格※1をつけていたため、コンシューマー向けのPentium II/IIIの価格がある程度下がるのは折り込み済みだったとも考えられる。
※1:Pentium III Xeonの価格は、500MHzで2次キャッシュが512KB/1MB/2MBのものがそれぞれ931/1980/3692ドルだった。
そのKatmaiコアのPentium IIIは、AMDのAthlonの猛烈な追撃を喰らうことになった。1999年6月に発表されたAMDのK7 Athlonは、同一動作周波数のPentium IIIよりやや安い程度※2に設定された。
※2:日本での発売価格は500/550/600MHzがそれぞれ4万2120円、6万2270円、9万870円。
当初こそマザーボードの入手性の悪さなどもあって若干の割高感はあったが、2000年に入るとこれもほぼ解消される。またパイプライン構造的にK7の方がやや動作周波数が上げやすかったから、最終的にK7コアのまま700MHzに達してインテルを凌ぐことになった。
AMDに対抗してインテルは0.18μmに微細化したCoppermineコアのPentium IIIを1999年末に投入する。このCoppermineでは、微細化にともないダイサイズにゆとりができたことで、ついに2次キャッシュまでオンダイで統合が可能になった。
これはいきなりというわけではない。実のところ最初に2次キャッシュを統合したのは1998年に投入されたMendocinoベースのCeleronである。
Celeronのグレードでは2次キャッシュをオフチップで搭載すると原価が上がりすぎて割に合わない。ところが2次キャッシュなしでは性能が低すぎる。そこで暫定案として、Mobile Pentium II向けにプロセスを若干(0.25μm→0.22μm)微細化し、その分2次キャッシュをオンチップ統合したDixonコアをそのまま持ち込むという芸当を行なった。
2次キャッシュは128KBに削減(Dixonは256KB)されたため若干性能は低かったが、それでもフルスピードで動作するだけにCovingtonからの性能改善は目覚しく、オマケにプロセスの微細化もあってより高速に動作した。
そんなこともあり、この頃の自作ユーザーは、MendocitoコアのCeleron 300A MHzを購入、100MHz FSBにして450MHz駆動するのが大流行で、発熱増加にあわせてヒートシンクの交換こそ必要だったものの、Pentium III 450MHzよりずっと安かった。
さて話を戻すと2次キャッシュをオンダイに統合したことで、もうSlot 1のような巨大なパッケージが必要なくなった。これもあってインテルは新たにSocket 370というパッケージを用意する。名前の通り370ピンのPGAパッケージであり、Slot 1に比べて大幅に実装面積と、さらには製造原価も下げることが可能になった。
これもあって、Coppermineでは大幅な販売価格の引き下げが行なわれて(関連リンク)、AMDへの競争力強化を図ったが、AMDも同じように0.18μmへの微細化(K75コア)を1999年中に行なったうえ、半年後の2000年6月には2次キャッシュをオンダイで搭載したThunderbirdコアを投入し、オマケに価格面でも「インテルよりやや安い」を維持したため、インテルはAMDへの引き離しに失敗する。
それどころか、動作周波数1GHzの製品を先に発売する、いわゆる“1GHz競争”では、AMDに数日とはいえ先を越され、CoppermineコアのPentium IIIは1.13GHz品のリコールまで発生する始末で、ここでインテルはAMDに完全に追い越されることになった。
幸いにも、インテルはこのPentium IIIに並行してP4コアを開発しており、インテルはデスクトップおよびサーバー向けにはP4コアを全面投入することを決意する。
これもあり、0.13μmプロセスに微細化したTualatinは、一部のサーバーおよび組み込み向けで終わるかと思いきや、実際にはP4があまりにもモバイル向けには消費電力が大きすぎ、これもあってPentium Mが登場する2003年頃まで使われ続けることになった。初登場から8年あまりも利用されることになったわけで、かなり息の長い製品になったのは事実だ。
また、そのPentium Mや、これに続くCoreマイクロアーキテクチャーは、ある意味P6の発展拡張型とも言えるわけで、現在もまだ使われているアーキテクチャーと言っても間違いではないだろう。
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