企み3:iOSの絶大な人気をMacへの呼び水に
アップルの第3の企みは、圧倒的なiOSの勢いを利用して、同社のもうひとつの製品であるMacの売り上げを伸ばすことだ。
他のOSメーカー、パソコンメーカーの中には、タブレットはノートパソコンと市場を奪い合う製品であり、対立する製品と見る会社もある。
これに対してアップルは、iPhoneはiPhone、iPadはiPad、MacはMacでそれぞれ魅力を持った製品だと考えており、ユーザーがこれら3種類から自分のスタイルに合う2種類を選ぶのではなく、可能であれば3つとも所有してもらって、状況や作業内容に合わせて自由に行き来してもらうことこそが理想だと考えている。
iPhoneやiPadの魅力を損なわないために、「ここまでは最低限必要」という連携は、すでにMac版とWindows版のiTunesを通して行なってきた。
また、「Pages」「Numbers」「Keynote」の書類を、パソコンでも利用できるようにする工夫はiCloudを通して実現してきた。
従来の連携機能を超える「Coninuity」(連続性)
しかし、iOS 8とMacの新OS「OS X Yosemite」(ヨセミテ)からは、そんな従来の工夫を超えたパソコンとの連携をMacとの間だけで実現していく。それが、「Coninuity」(連続性)だ。
この一連の機能を聞いて筆者が思ったのが、「自分だけじゃなかったんだ!」ということだ。筆者は、歩きスマホはできるだけ控えようと景色を楽しむ努力はしているものの、忙しい時期はiPhoneを使った仕事のメールのやり取りをはじめ、LINE、SMSでも頻繁に連絡を取っていることが多い。
そこで最寄り駅から家まで歩きつくと、玄関で無意識にiPhoneをジャケットのポケットにしまって、そのまま一度、ハンガーにかけてしまう。うがい手洗いの後は、キーボードを使って快適に文字が打てるMacに向かって「メール」や「iMessage」で続きのやり取りをしている。
このせいで、後で人から電話がかかってくるとiPhoneが見つからず、あわててジャケットのところまで走っていくようなことがよくある。
これは、だらしない筆者の生活習慣固有のことだと思っていたが、どうやらアップルの基調講演を見る限りそうではなかったようだ。
iOS 8とOS X Yosemiteは、ある意味、だらしなさを助長する連携が可能になっている。
まず、掛けたハンガーがあまり遠くでなければ、iPhoneはジャケットのポケットに入れっぱなしであっても、Macを使って(iPhoneにかかってきた)電話を受け答えできる(ソファに寝転びながらiPadで電話を受けることも可能)。
また、アップルのiMessageのやり取り(iPhone/iPadのメッセージ画面で青色の吹き出しで表示されるやり取り)は、Macの「メッセージ」アプリを使ってやり取りできていたが、さらに便利な機能が追加される。
これまで、電話会社の回線を使ったメッセージ交換であるSMS(緑色の吹き出しで表示されるiPhone以外の携帯電話とのメッセージ交換)は、Macの「メッセージ」アプリ上には表示がされなかったが、Continuityによって、iPhoneが受信したSMSも、MacとiPhoneが近くにあれば自動的にMacに転送され反映されるようになったのだ。
そのため、家にいる間は、iPhoneをカバンやジャケットの中に入れたまま忘れていても、どこかコンセントの近くで充電しっぱなしになっていても大丈夫なのだ。
いや、家の中だけではない。例えば外出時にiPhone(やiPad)のテザリング機能を使ってパソコンをインターネットにつないでいる方もそれなりに大勢いるだろう。このテザリングをする時に面倒なのが、一度、iPhone側で「インターネット共有」をONにする必要があることだ。
女性など、iPhoneをバッグに入れて持ち歩いている方の場合、わざわざiPhoneをカバンから出すことから始めなくてはならずに面倒に思っている方もいるだろう。
しかし、MacとiPhone(あるいはiPad)の双方に秋リリースの新OSを入れておけば、なんとMacがiPhoneが近くにあることを自動的に見つけてきて、MacのメニューからiPhoneのインターネット共有機能をONに切り替えられるようになる。
これもとても便利そうだ。
あらゆる作業をシームレスに連携できる「Handoff」機能
だが、なんといっても究極なのは「Handoff」と呼ばれる機能だろう。
この機能を使うと、例えば会議の直前までデスクのMacでKeynoteを使って企画書を作成しておき、できたと思った瞬間にiPhoneの画面をスワイプし、同じKeynoteの企画書画面をiPhone上で開いて、会議室に向かう道すがら確認するといったことができる。
Macで作業していた画面をすぐにiPhoneやiPadで呼び出したり、iPhone/iPadでの作業画面をすぐにMac上でも呼び出して、その続きを快適なキーボードを使って行なうことができる。
この、まさに「シームレス」(節目がないの意味)といっていい連携を実現するのがHandsoffだ。利用するにはあらかじめiCloudを使ってこの機能を設定しておく必要があり、連携ができるのはMail、Safari、Pages、Numbers、Keynote、地図、メッセージ、リマインダー、カレンダー、連絡先といった同機能に対応したアプリだけ。ただし、アップルはこの仕様を他社にも公開しているので、今後は少しずつ他社製のアプリもiPhone、iPad、Macの3デバイスで自由にいったり来たりするこの機能に対応してくるはずだ。
この機能を使う方が少しずつ増え、認知が広まっていくと、それはMacを購入する上でかなりいい動機になるのではないだろうか。今やアップルの収入の柱は、圧倒的な台数と5億人のユーザーを誇るiPhoneで、iOSデバイス全体の利用者ともなると2億台のiPadと1億台のiPod touchが加わり、合計8億にも及ぶ。これに対してMacの利用者は8000万人で、大きなのびしろがある。
先進国のiPhone/iPadユーザーがiOS製品と連携させるパソコンとして、これまで使っていたパソコンよりもMacの方が便利だと気が付いたら、あるいは途上国のiPhoneユーザーが、iPhoneをより便利に使うには一緒にパソコンもあった方がいいと気が付き、より連携がしやすい選択肢としてMacに目を向けるようになったら、Macのビジネスはこれから大きく伸びていきそうだ。
確かに今回のWWDCの発表は、発表後すぐに楽しめる新ハードもなければ、新ソフトの一般リリースもなく、WWDC参加者以外には少し物足りないものだったかもしれない。だがそれは、この秋から来年以降にかけて、もしかしたら今後の5年、10年に向けた大きな跳躍の前に必要な屈伸だったと思い起こすものになるのだろう。
