企み1:第3のゴールドラッシュで開発者を活性化させる
HealthKitの話だけでかなり長くなってしまったのは、このHealthKitが、今回のWWDCのもっとも象徴的な発表だと筆者が思っているからだ。
これと似た形で、アップルは、これまでバラバラだったホームオートメーション機器を標準化し連携の可能性を提示する「HomeKit」も発表している。玄関やガレージの開閉に使えるスマートロック(将来は自転車や金庫のロックにも使われるかもしれず、これがiPhoneの指紋認証と結びついたら面白いことになりそうだ)、スイッチのオン/オフや明るさ調整ばかりか色まで変更できるスマートLED電球、住人の快適温度を学習してくれるスマートエアコン、屋内にいながら操作できる庭の水やり機、さらには冷蔵庫、洗濯機、乾燥機など、今後、家電製品とスマートフォンとの連携は自然と進むはず。
実際、こうした機能を提供する製品は、すでにCESなどのイベントでも数えきれないほどたくさん発表されてきたが、やはりこちらも標準がなく、他社製品との連携もできないだけでなく、製品寿命が短い将来性のない製品ばかりだった。
これがアップルのHomeKitによる標準化で相互連携も可能になってくると、それによって初めてホームオートメーション製品も本質的な一歩を踏み出せることになる。
この秋、iOS 8がリリースされた来年こそが、未来に向けて残るヘルスケア機器とホームオートメーション機器の始まる年になるかもしれない、と期待も広がる。
900万人の開発者に開放された「Extension」(機能拡張)
アップルがiOS 8で築こうとしているのはハードの生態系だけではない。他社がiOS用ソフトウェアを作るというと、これまでは「アプリ」という形式でしか関われなかったが、iOS 8では、これに加えて他のアプリケーションと連動して利用できる「Extension」(機能拡張)の開発も可能になる。
「Extension」の中でも、日本で特に期待されているのが、他社製の(ソフトウエア)キーボードだ。すでにいくつかの会社が、アップル純正機能よりも効率的な日本語変換や手書き文字入力のキーボードを提供するという開発意向を表明しているが、それ以外にも写真表現を加工するフィルターや通知センターに情報を追加するためのウィジェットの開発も可能になる。
2008年、「App Store」が登場したことで、21世紀のゴールドラッシュという現象が起き、世界中にアプリ長者が誕生。現在、App Storeには120万本のアプリが揃い、累計で750億本のアプリがダウンロードされた。開発者の登録数は900万人を超えるという凄まじい状態だ。
その後、アップルがMFi(Made for iPhone)による周辺機器認定ライセンスプログラムをスタートさせると、今度は世界中にiPhoneアクセサリー長者らが誕生し始めた。
今度のiOS 8が凄いのは、AppStoreのアプリそのものを大幅に改善して、アプリの発見性を高める、つまり、これまでのアプリによるゴールドラッシュにテコ入れをした上で、「Extension」と呼ばれる新しいiOS用ソフトの市場を開放して、新たなゴールドラッシュを生み出そうとしていること。
多くのビジネスチャンスが転がっている
その上で、HealthKitやHomeKitによる新しいハードウェア製品のゴールドラッシュにも火をつけ、iOS機器を法人利用で使いやすくするための工夫もなされた。日本でいえば、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの法人営業部やダイワボウ情報システム、大塚商会といったシステムインテグレーターが、ここから一気に競うようにしてiPhone、iPadを企業に販売したくなるような法人営業ゴールドラッシュの土壌まで一気に用意してしまったことも大きい。
そう、今回のWWDC 2014の発表は、正直、一般ユーザーにどう受け止められてもいい発表だった。なにせ開発者会議での発表なのだから、必要以上に変な期待をもたれてもアップルとしても困ってしまう。それよりは「開発者にとって、秋からのiOSにはハード、ソフト、そして法人営業とさまざまなビジネスのチャンスが転がっている」というメッセージをちゃんと発信して、有望なパートナーにiOS 8がリリースされる秋頃までに新規ビジネスの準備までしてもらいたい。ビジネスの面でいえば、それこそが今回の発表におけるアップル最大の企みだろう。
この企みが半年後や1年後にiOS機器の市場での勢いにどんな変化をもたらせているかを考えたら、新作ハードにしか興味がないメディアが1回や2回ガッカリしたことなんて、どうでもよくなってしまうのかもしれない。
今回のWWDCでの発表は、長くても1年程度しか話題にならない新型iPhone発表より、はるかに大きな意味を持つメッセージだったと思う。
