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遠藤諭の『デジタルの、これからを聞く』 第3回

電通大宮脇准教授に聞く、視覚に関する脳研究の最新事情

わたしたちの脳は、目にしたものをどのように認識しているのか

2014年06月19日 11時00分更新

文● 遠藤 諭/角川アスキー総合研究所

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視覚野は後天的に形成されたのか、それとも遺伝か?

遠藤 ところで、先ほども少しありましたが、V1からV8まで、目で見てからどのくらいの時間がかかっているんでしょうか?

宮脇 人間だとデータがなかなかなくて、電極を刺さないとわからないんですけれど、大体60ミリ秒ぐらいでV1になります。

遠藤 遅いですね。我々は過去を見ているんですね。

宮脇 そうです。

遠藤 それでV8まで行く頃には、何秒くらいかかっているんですか?

宮脇 正確に数字を挙げるのは難しいのですが、V8の付近では約150ミリ秒と言われています。

遠藤 それにしても、なぜ視覚野は、わざわざ脳のこんな後ろにあるんでしょうか?

宮脇 最近わかりやすいんでよく使うんですけども、これ、僕の脳を3Dプリンターで出力したものです。

3Dプリンターで出力した、宮脇先生の「大脳」。模型とはいえ、目の前に実在する人の脳がテーブルの上に載っているというのは、かなり不思議な体験。

遠藤 えーっ!

宮脇 まず、ちっちゃくないですか。

遠藤 それはプロの発言ですよ! 僕らには、ぜんぜんわかりません。

宮脇 V1というのは脳の後端。なので、眼球からの距離は長いですね。

遠藤 距離があるので時間がかかっているんですか?

宮脇 ほとんどそうだと思います。網膜が光を受けてから、次の過程に信号を出すまでにも時間がかかります。シナプス数、接続数にもよりますけれども。

遠藤 脳細胞の発火のしくみは遅いですからね。

宮脇 それで、なぜ視覚野が後端にあるのかについて、興味深いのですが、僕は答えを持っていません。原始生物にとっては、視覚はさほど重要ではなくて、むしろ触覚が重要です。ほぼすべての動物が持つ感覚というのは、触覚ですからね。

遠藤 後から来たから、ここに追いやられているとか?

宮脇 面白いですけれども、わからないですね。

遠藤 大脳っていろいろな機能が重なっていて、足し算する機能は目玉を動かしている部分と兼用しているとか、そういうお話をうかがったことがあるんですが。

宮脇 本当ですか?

遠藤 以前池谷裕二さんにインタビューさせていただいたときに、最近そういう研究をされていると。足し算は脳で目玉を右に動かす部分を兼用していて、引き算をしているときは左に動かす部分を兼用している人が多いと。

宮脇 面白い話ですね。

遠藤 それと同じように、別な機能を担っていた部分が、後から視覚を認識する機能を担うようになったとか?

宮脇 私が2つ目にやっているテーマがそれに近い話で、視覚と触覚との相互作用を調べています。なぜそんなことをやろうと思ったかというと、先天性の全盲の方に点字を触ってもらうと、視覚野に相当する場所が活動するんです※4

 これは1996年にわかったんですけれども、2007年に健常者でも同じようになるという研究結果が出てきました※5

遠藤 置き換え可能ということですか。

宮脇 そうかもしれません。

遠藤 CCDからうまく信号を変換してやれば、先天的に全盲の方でも、目の代わりにできるかもしれない。

宮脇 そういうことへの応用は、将来あり得るかもしれません。

遠藤 要するに、見るだけが三次元情報じゃないということですか。以前取材した中でそういった研究をされている方がいて、カメラで撮った映像をビットマップに置き換えて、それを針で表現して、額に当てるということをやっていましたね。

宮脇 その研究をやっていた梶本先生(梶本 裕之准教授、電気通信大学 人間コミュニケーション学科)は、僕と同じ東大の舘研究室(舘 暲教授、現在慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科)出身ですね。いまは彼も電通大にいます。

遠藤 それで、先天性の全盲の方が額で感じて、空間を認識して「見えた」っておっしゃったそうなんですね。見えるという概念がわからなかったけれども、見えたと。それってもしかしたら、視覚野で反応していたのかもしれません。

梶本 裕之准教授の研究をもとに、株式会社アイプラスプラスが開発した「AuxDeco(オーデコ)」。撮影した映像の輪郭を抽出して、それを額に巻くバンドの裏に多数植え付けられた突起の凹凸で表現し、額で物体を感じることができる。V1・V2の処理を代行しているようなデバイスだ。(『月刊ascii』2007年6月号より)

宮脇 そういう形質が、どのように獲得されるのかというと、かなりの部分は遺伝的なものがありそうだなと思っています。

 というのは、物体の視覚情報を処理する部分の中でも、ある場所はより生物的なものに反応して、でもある場所は人工的なものに反応する、そういう区分けがあるんです※6。普通に考えると、いろいろな物体を見てきたからそういった神経回路が形作られてきたと思いますよね。ですが、先天盲の方に、物体の名前を聞いてもらっているときの脳活動を計測する実験をした場合でも、生物的なものと人工的なものに反応する脳の場所は、目が見える人と同じような別れ方をするんです。

 つまり、生物っぽいものを認識するのはこの部分だし、そうじゃないのはこの部分という区分けは、後天的な経験に関わらず、同じように分かれるんですよ。視覚野を使っているというだけじゃなくて、その中の分担の仕方まで似ている。触覚で空間認識するなど、視覚以外の経験から形作られるという仮説もあるんですが、遺伝的な要素もあるんじゃないかと考えています。



※4 Sadato N, Pascual-Leone A, Grafman J, Ibañez V, Deiber MP, Dold G, Hallett M, "Activation of the primary visual cortex by Braille reading in blind subjects," Nature, vol.380, pp.526-528 (1996).
※5 Merabet LB, Swisher JD, McMains SA, Halko MA, Amedi A, Pascual-Leone A, Somers DC, "Combined activation and deactivation of visual cortex during tactile sensory processing," J Neurophysiol, vol.97, pp.1633-1641 (2007).
※6 Mahon BZ, Anzellotti S, Schwarzbach J, Zampini M, Caramazza A, "Category-specific organization in the human brain does not require visual experience," Neuron, vol.63, pp.397-405 (2009).

インタビューを終えて──遠藤諭

遠藤諭

 “見ている文字を脳から読み出す”という研究に興味を持ったのが、宮脇先生への取材のきっかけだが、今回うかがってそのアプローチに驚いた。インタビューにあるとおり、機械学習という手段を使ってパターンをあぶりだす(まさにあぶり出すだすイメージ)のだ。そして、行き着く先では、“見ること”とわれわれが肉体としてこの空間に存在していることすら考えさせられるようなお話にたどりついた。

 機械学習は、人間の脳の活動をソフトウェア的に再現しようという発想のものだから、“脳”的な方法で“脳”の問題を解決しようというわけだ。コンピューターと“脳”はどちらも情報を処理するという点で似通った存在のはずである。ところが、コンピューターのほうはちょっと賢い中学生ならその動作原理まで理解できるが、脳のほうは巨大な難問の塊のようなところがある。たっぷりと3時間以上、我々が子供のようにぶつけまくった質問に、丁寧に答えていただいた結果がこのインタビューである。まったく新しくリリースされたOSの話を聞いたみたいな印象を持った人もいるのではないかと思うのだが、どうだろう?


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