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「量子コンパス」はGPSを置き換えるか—プロトタイプが3〜5年で登場?

2014年05月22日 19時00分更新

文● 鈴木淳也(Junya Suzuki)

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英国防衛省傘下のDSTLが推進する「量子コンパス」

 量子コンパスにおける最新研究のひとつは、5月14日(英国時間)付けのFinancial Timesの「MoD’s ‘quantum compass’ offers potential to replace GPS」という記事に詳しい。

 英国防衛省(UK Ministry of Defence:MoD)傘下のDSTL(Defence Science and Technology Laboratory)で進められている研究の成果として開発されたのは、1辺1mほどの靴箱のような量子コンパスだ(関連リンク)。現在は実用化と小型化の段階の途中にあり、もう数年もすると一部軍事用途での活用が始まるかもしれない。

イギリス国立物理学研究所(The National Physical Laboratory、NPL)によるプレスリリース

 先ほど潜水艦の例を出したが、途中の燃料補給や燃焼のための酸素を必要としないため、数ヵ月間もの連続潜行が可能な原子力潜水艦の場合、位置情報の取得は非常に重要な意味を持つ。

 だが、潜行中はGPSのような衛星の位置情報取得が利用できず、位置補正のために浮上していたのでは原子力潜水艦の意味をなさない。量子コンパスは、こうした用途で非常に大きな役割を果たす。そして最終的にはGPSがそうであったように、より小型軽量化が進められ、スマートフォンのような小型デバイスへの搭載が可能になる時代がそう遠くないうちに到来するかもしれない。

どのように位置を特定しているか

 では、衛星や地上アンテナを用いない量子コンパスは、どのように位置の特定を可能にしているのか? その名のとおり、原子レベルのミクロな世界での物体の挙動を観測する「量子物理学」の技術を応用している。ベースとなっているのは2001年にノーベル物理学賞を受賞した「ボース=アインシュタイン凝縮」に関する研究で、原子にレーザー光を当てて絶対零度近くにまで冷却し、“原子の雲”と呼ばれる超低エネルギーの圧縮状態を作り出す仕組みを応用したものだ。

 このような過程で作られた原子の雲はレーザー光でさえ閉じ込めることが可能な状態であり、さらに外部の干渉に対して過敏に反応する。この状態で外部の放射線の影響をギリギリまで排除すると、地球の電磁気に対してのみ過敏に反応するようになる。この変化を測定することで、衛星や地上アンテナのような補助システムなしで、デバイス単独で位置情報を取得できるというわけだ。まだ初期の研究段階ながら、このような形で生成した超低エネルギーのイオン原子を閉じ込めたチップを観測することで、超高精度な位置測定が可能になるとDSTLでは説明している。

NPLによる観測用チップ

Nokia、日立、東芝の量子技術研究センターがすべて英国内に

 この量子コンパスを用いた位置情報システム開発は、DSTLでも最優先の研究事項となっており、昨年2013年には量子技術研究に2億7000万ポンド(約463億円)もの金額が投じられることが発表されている。

 Financial Timesによれば、英国はこの分野の研究では世界的リーダーの地位にあり、Nokia、日立、東芝といった企業の量子技術研究センターはすべて英国内に設置されているのだという。そして今回の研究を元にしたプロトタイプも3〜5年内には登場すると、同研究を率いているNeil Stansfield氏は説明している。応用分野も前述の原子力潜水艦だけでなく、今後の小型化により各兵士の装備品のひとつとして利用できる可能性が示唆されている。

 また「GPS Daily」によれば、この研究は位置情報測定だけでなく、時間の正確な測定も可能にするという。この技術を応用することで、世界中のどれよりも正確な原子時計の開発が可能になるというのだ。前述のように、ボース=アインシュタイン凝縮が初めて観測されたのはほんの20年ほど前の出来事であり、この分野での研究が盛んになったのはここ10年ほどのことだ。その意味で、次の10年にはまた驚くような技術の進展が見られるのかもしれない。


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