このページの本文へ

前田知洋の“タネも仕掛けもあるデザインハック” 第39回

捏造やウソはどうして信じられ、そしてバレるのか!?

2014年04月04日 09時00分更新

文● 前田知洋

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

映画『The War of the Worlds (1953)』より

 もうみなさま、耳にタコができるほど……、というより、マスメディアやネットでは誰もがさんざん語り尽くしたテーマかもしれません。ただし、ここでは、人を騙すことを仕事にしているマジシャンの視点から「捏造」や「ウソ」、「どうして多くの人が信じたのか?」などを考察してみたいと存じます。

ラジオドラマ「宇宙戦争」事件

 1938年にアメリカのCBSで「宇宙戦争(The War of the Worlds)」というラジオドラマが放送されました。そのドラマは、H.G.ウェルズの原作を敏腕プロデューサーのオーソン・ウェルズが演出。「宇宙人が侵略してくる様子を緊急放送のように伝える」という迫真の番組であったことから、リスナーの多くが「宇宙人の侵略は事実」と信じてしまった事件です。その影響は、放送中に警察署に問合せが殺到し、暴徒の襲撃を恐れてラジオ局に警察官が配備されるほど。1949年に放送された他の国のケースでは、出演者を含む21名が暴徒化した民衆によって殺害されたといわれています。

「戦争ドラマを本物のように語り、リスナーがパニックに」を見出しにしたタイムスの記事とO.ウェルズ。

『宇宙戦争(The War of the Worlds)』に登場した兵器のオブジェ。写真:Warofdreams (CC BY-SA 3.0)

人々は信じたいものを信じる

 上で紹介した例は、「人は信じたいものを信じる」ということがよくわかる事例です。これは多くの人が「宇宙人の侵略」を望んでいるわけではなく、「それが起きる」と心のどこかで信じている人が陥りやすいということ。放送された1938年頃は、ナチスドイツによるヨーロッパ侵略などで、「ついにアメリカ本土も戦火に巻き込まれるか?」という不安が国民にあったこと、ドラマのなかでニュージャージー州が攻撃されるシーンをナチスの爆撃と勘違いされたことなど、が背景として研究者に指摘されています。

 最近日本で起こった出来事を改めて眺めると、「こんなスゴい人が登場するはず」「こんな事例もあるはず」という人々の戦時的な期待、日本の技術や経済における閉塞感が社会現象ともいえるスキャンダルに拍車をかけてしまった。筆者はそう判断しています。

 マジックなどのエンターテインメントの場合でも、「お金が消えるマジック」よりも「お金が増えるマジック」のほうが世界中で人気があるのは、「増えたらいいのになぁ……」「増えるはずなのに……」という希望があるからこそ。

同じウソでも信じられやすいウソと信じられにくいウソがあるんです。

コインの出現で有名になったマジシャン、NELSON DOWNSの1900年頃のポスター

決定打は「検証するのか」、「しないのか」の選択

 マジックではシカケが検証されると困りますが(笑)、ジャーナリズムでは「ウラをとっていない」というのは致命傷になります。

 アメリカのラジオドラマのケースでは、番組に不安を感じたリスナーが「警察に電話して確かめる」と確認したからこそ、市民の暴徒化を防げました(アメリカでも暴動が起こったという説もありますが、当時の新聞による誤報やメディアの営業戦略だったと専門家は分析しています)。

ストーリー作りの反動

 CBSのラジオドラマのケースでは「これはドラマです」とアナウンスが番組中にあったにもかかわらず、騒動になった原因は、緻密に計算された演出にあります。アナウンサー役の俳優にヒンデンブルグ号炎上の本物の実況ニューステープを聞かせて参考にさせるなど、演出を担当したウェルズの力の入れよう。

 しかし、フィクションではない「捏造」の場合は思いつきが多く、ツジツマをあわせるためにウソにウソを重ねていきます。つまり、プロフィールや背景など、ウソのストーリーを膨らませるほど、後で検証されたら困る部分も増えるわけです。

 ちなみに、筆者は、プロダクトやサービスに「あえてストーリーをつけること」に懐疑的です。なぜなら、「感動のストーリー」はプロであっても難しいこと。プロが作ったテレビドラマや映画が必ずヒットするわけではありません。演出のプロでもない人間が思いつきでウソのストーリーをつけてしまえば、逆にインチキくさくなってバレやすくなりますが、「関係者だけがそのことに気がつかない」のは、昨今のスキャンダルを眺めても明らかなわけです。

感動では誤摩化せないネット時代

 人は感動したり、パニック状態になると、「論理的思考」や「検証能力」をおろそかにしてしまいがちです。ですから、詐欺師やペテン師は、あえて感動やパニックを作り出したりします。昔であれば、「感動させて騙す」といった個と個の手法が通用したのですが、今はそうではありません。 ネットが普及している現代社会では、ひとたびニュースとして報道されれば、それが「冷めた」無数の人々に検証されることにもなるからです。そうした無数の検証に耐えるという新しい時代になったことに、ウソの感動を作り出す人間だけが気がついていないのかもしれません。

 昔であれば「言葉や圧力、タブーによって誤摩化せたこと」が、権力の及ばない多くの人によって検証され、ウソや捏造がバレやすくなってきました。そうしたことを防止して、スキャンダルに発展させないためには「ウソをつかないこと」だけが秘訣かもしれません。マジシャンが語ると逆説的ですが、それが一番の解決策です。

前田知洋(まえだ ともひろ)

 東京電機大学卒。卒業論文は人工知能(エキスパートシステム)。少人数の観客に対して至近距離で演じる“クロースアップ・マジシャン”の一人者。プライムタイムの特別番組をはじめ、100以上のテレビ番組やTVCMに出演。LVMH(モエ ヘネシー・ルイヴィトン)グループ企業から、ブランド・アンバサダーに任命されたほか、歴代の総理大臣をはじめ、各国大使、財界人にマジックを披露。海外での出演も多く、英国チャールズ皇太子もメンバーである The Magic Circle Londonのゴールドスターメンバー。

 著書に『知的な距離感』(かんき出版)、『人を動かす秘密のことば』(日本実業出版社)、『芸術を創る脳』(共著、東京大学出版会)、『新入社員に贈る一冊』(共著、日本経団連出版)ほかがある。現在、ビジスパからメルマガ「なかマジ - Nakamagi 2.0 -」、「Magical Marketing - ソシアルスキル養成講座 -」を配信中。

■関連サイト

カテゴリートップへ

この連載の記事

アスキー・ビジネスセレクション

ASCII.jp ビジネスヘッドライン

ピックアップ