ロジック回路の遅延が暴走の原因
再び話を回路レベルに戻す。図3はXORとANDで構成されているが、これはトランジスタレベルでどう実装されているか、というのが図4である。

図4 AND回路の内部
赤い破線で示した左側がNAND、右側がNOTとなる。ロジック回路ではNAND=AND+NOTであるが、回路的にはNAND回路を直接作る方が楽で、なのでAND=NAND+NOTという構成を取る。
さて、ここで問題になるのはトランジスタのDelayである。図5はNMOS型の動作特性例であるが、ある程度以上のゲート電圧(この境をしきい値電圧と呼ぶ)をかけると電流が流れ始め、ある程度以上の電圧で最大になるというもので、この特性自体は前回説明した通りである。

図5 NMOS型回路の動作特性
ただ前回説明しなかったのが、経過時間との関係である。図6は横軸に経過時間を取り、縦軸にゲート電圧とドレイン電流の変化を取ったものだ。例えば電圧を閾値~最大に変化させるのには一定の時間がかかる。ドレイン電流も当然これに応じて変化するため、トランジスタの値がデジタル回路的に変わるまでには、一定の時間が必要になる。

図6 NMOS型回路の経過時間による電圧/電流の変化
図6で赤く“Delay”と書いたのがその部分で、これが一般にトランジスタのDelayとして認識されている。このDelayの逆数がトランジスタの速度、あるいはトランジスタのスイッチング速度として認識されている。
ちなみに図6で2つのグラフに若干ずれがあるのは、実際にゲート電圧がしきい値になった瞬間から、ドレイン電流が流れ始めるまでの間にはわずかなタイムラグがあるためだ。これも広義にはトランジスタのDelayに含まれる。
このトランジスタのDelayは、図3のケースでは結構面倒になることがある。図7は図3の2bitの加算器にデータを入れ、結果が出てくる様子を時間軸で見たものだ。

図7 2bitの加算器の動作
まず入力が一定期間続くと、そこから若干(=トランジスタのDelay分)遅れて、Stage 1の出力が出てくる。そこから遅れてStage 2の出力が、さらに遅れてStage 3の出力がそれぞれ出てくる。
2bitの加算器の出力は、Stage 1~3の全部の出力になるため、時間軸で見るとこの3つが全部意味がある出力がある期間は、赤の破線で挟んだわずかな時間でしかない。もちろんこの図は大げさに描いていて、実際はもっとDelayの期間が短いので、もう少し有効期間の幅は大きくなる。それにしても以下の問題は本質的なものである。
- ロジック回路を挟む事で遅延が発生する
- なにもしないと出力の有効期間が限られる
これは特に、回路が複雑になってくるケースで顕著である。例えば図8のような回路があるとする。Logic A~Iはそれぞれ、図3よりももっと大規模なロジック回路から成立していると考えてほしい。

図8 複雑なロジック回路の例
この場合、一番設計が難しいのはLogic Iである。というのは入力の値と、Logic A~Hの各処理を抜けてきた値の両方を使うわけだが、もし各ロジック回路におけるDelayが大きすぎると、図9のようにLogic Iの処理が始まる前に入力が無効になってしまい、正常に処理ができなくなる。

図9 図8のロジック回路が行なう処理
それ以前に、Logic HにしてもLogic A/C/D/E/Gの各入力を使って処理をするわけだが、このLogic Aの入力がタイミング的にギリギリアウトになるから、このままだとそもそも正常に処理が実行できなくなる。

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