このページの本文へ

「アルゴリズム規制社会」がやってくる

「ビッグデータが民主主義を壊す」のは悪くない話

2014年01月23日 16時00分更新

中野克平/アスキークラウド編集部

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 「ビッグデータ産業」の育成を目指して、政府のIT総合戦略本部が2015年1月の通常国会で個人情報保護法を改正する方針を固めた。実現すれば、データを匿名化し、個人が特定できる状態に戻さないことを約束することなどを条件に、本人の同意がなくてもパーソナルデータ(現行の個人情報保護法で定義された「個人情報」よりも広い「個人に結び付く情報」を言う)を第三者に提供できるようになる。

 だが、最近の研究では、「匿名化できるビッグデータ」など、そもそも存在しないことが明らかになっている。たとえば、現在米FTCのチーフテクノロジストを務めるラタンヤ・スウィーニー氏のカーネギーメロン大学時代の研究によれば、年齢、性別、郵便番号の3情報だけで、米国在住の87%の個人を特定できる。また、米MITの研究者イヴス=アレキサンダー・デモントジョイ氏とセザー・ヒダルゴ氏の研究によれば、匿名化された位置情報であっても、ある日の4地点が判明すれば個人(実際には端末)と結びつけられるビッグデータという膨大なデータの中で、個人など埋没して無名になりそうなものだが、実際の私たちの嗜好や行動はとてもユニークであり、個人の行動履歴を取得すればするほど、どれが誰なのか判別できる、ということが最新の研究で分かってきたのだ。

 だから、データの匿名化を条件に規制緩和を進める日本政府は技術オンチで時代遅れで業界のいいなりだ、と批判するのは底が浅い。恐らく、ビッグデータ業界も政府も、そんなことは百も承知のはずだ。個人情報の保護を緩めれば、業界はパーソナルデータを販売したり、解析して予測モデルを構築し、製品開発や販売戦略に生かしたりできる。楽天だって、アマゾンのように、注文前に商品を配送して「即時お届け」を実現したいだろう。また、民間企業がさまざまな場所で集めた顔画像から指名手配犯を顔認識で特定したり、銀行の取引記録から仮名口座を突き止めたりできれば政府にもメリットがある。つまり、業界と政府はビッグデータの規制緩和でともにメリットを得られる立場にあり、国民の側に立って、プライバシーの保護を真剣に検討することは期待しにくいのだ。

 アスキークラウド2014年3月号(1月24日発売)では、MIT Technology Reviewの特集記事「The Real Privacy Problem」の翻訳を掲載する。原題どおりなら「本当のプライバシー問題」だが、何のことだか分からないので、「ビッグデータと民主主義の終わり」と意訳して記事の見出しにした。政府がビッグデータを活用すると、警察国家のようになって、自由がなくなる、というのは恐らく杞憂だ。むしろ、優秀な官僚ほど、真に国民のためになる政策を、政治家の横やりを排除して推進する道具としてビッグデータを使うようになる。

 名人級のバズワード職人ティム・オライリーは、ビッグデータによる政策推進を「アルゴリズム規制」と名付けた。医療費を抑制するために、脂肪分の多い食事の写真ばかり撮影しているとスマホがブルッと震え、二酸化炭素の排出量を減らすために、所有者の温度調整をエアコンのリモコンが拒否する。その代わり、我々の社会からメタボ腹を気にする人はいなくなり、空気はきれいに、誰もが行儀正しく振る舞うようになる。SFで描かれる冷たく暗い管理社会からはほど遠い、素晴らしい「アルゴリズム規制社会」がやってくるだろう。

 だが、この素晴らしい未来では、民主主義は要らなくなる。もともと民主主義を信じていない人にはどうでもいい話だが、自分たちの社会で何が起きていて、どういう社会にしたいのか議論したい人とって、ビッグデータは敵なのだ。誰が何を好むか、誰が次に何をするかの予測は、超高次元空間でデータが処理される機械学習が元になる。3次元の世界で暮らす我々には、機械がなぜその情報を推薦するのか、なぜそう予測するのか、そもそも理解のしようがない。「議論に基づく合意形成」も「政府の説明責任」も、ビッグデータで不要になり、不可能になるのだ。

 「ビッグデータからプライバシーを守れ」という運動に加わると、ビッグデータが、その「真の敵」である民主主義を破壊することは防げない。ところが、プライバシーの権利は、民主主義社会がないと成り立たない(独裁国家や全体主義国家では、普通の国民にプライバシーはない)。プライバシー保護派はとんだ勘違いをしている、という議論に、恐らく日本社会は付いて来られない。だから、日本の未来は、ビッグデータ的には明るい。「ビッグデータビジネスの創出、振興等日本の経済成長」という個人情報保護の規制緩和目的は達成されるのではないか。原文の著者エフゲニー・モロゾフ氏は、『ここをクリックすると、すべてを保存できます――技術解決主義の愚行』(未邦訳)などの著書がある、ビッグデータと社会の関係についての第一人者。モロゾフ氏の議論の詳細は、アスキークラウド3月号を読んで欲しい。

カテゴリートップへ

ピックアップ