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大成功の手書き文字認識は「ぼろ株投資」

2014年01月15日 16時00分更新

文● 寺田祐子(Terada Yuko)/アスキークラウド編集部

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スマホやタブレットの画面に、指やタッチペンで入力した手書きの文字パターンを認識させる「オンライン手書き文字パターンシステム」の開発者として有名な、東京農工大学の中川正樹教授。主に手書き文字認識とヒューマンインターフェースの研究に携わり、同大学を2010年度の特許収益大学日本一に導いたことでも有名だ。中川教授に手書き認識の技術に携わることになった経緯を聞いた。

──手書き文字認識の研究を始めたきっかけは?

中川正樹

東京農工大学 中川正樹教授

 10年間で日本語を処理できるコンピューターとプリンターによる出力という2つは一応の完成を見ました。助教授になるのと同時に、なかなか認識率が上がらない手書き認識に注力したのですが、その頃にはすでに郵便番号の読み取り機ができ、「手書き認識は終わった」と言われていました。「第五世代コンピューター」と呼ばれた人工知能一色の時代の到来です。

 しかし、「終わった」と言われたはずの手書き認識技術を使っても、手書きの文章は非常に丁寧に書かないと読めず、普通に書くと半分も認識しません。有力大学や企業でも60年代の半ばから80年代ぐらいまで手書き認識を研究していましたが、徐々に縮小していきました。

 私の研究室は、あまり研究費もなく、資金力や研究戦力の高い企業の研究所や有力大学には歯が立たない。はやりの研究のような「優良株投資」はできませんでした。そこで、天の邪鬼のすすめと言いますか、「ぼろ株投資」のつもりで手書き認識に本腰を入れたのです。それから5年ほど研究を続けると、認識率もそこそこ上がり、ある企業の人に見せたら、「ぜひ、インターフェースとアプリケーションも一緒に見せてほしい」と言ってくれたんです。これがきっかけで、研究の視野を広げることができました。

 90年頃には液晶表示一体型のタブレットが市販されるようになり、直接指示・直接操作ができるようになっていました。手書き文字認識の完成度があがってきた頃の90年代の半ばになって、通産省傘下の情報処理振興事業協会(現在の情報処理推進機構)から大型の研究予算を獲得でき、研究基盤や認識エンジン、インターフェース、アプリケーションの研究開発に集中できました。手書き文字パターンを300万パターン集め、手書き認識エンジンを高度化したのもこの頃です。小型のPDAから大型の電子ボードに至るまで、インターフェースとアプリケーションを作って楽しんだものです。

 実は、この300万パターンの手書き文字パターンを入れたCD-ROMを生協で売っています。2枚に分けており、1枚100万円です。いまだに、東京農工大の生協で売っているもっとも高い商品であることは間違いないと思います(笑)。

──手書き文字認識研究はどのように進んでいったのでしょう。

 直接指示・直接操作は違和感がなく、大型のボードを使えば聴衆の注意も集められます。しかし、画面が大きいと手が届かないし、体や腕が画面を遮ってしまいます。一方、画面が小さいと何度もスクロールしないといけません。そこで、小画面にはタッチスクロール、大画面には小さい動きで大きく動かす「マジックハンド」のような伸びるポインタを提案して権利化しました。

 2000年代に入ってからは,さらに認識率を上げたいと機械学習のいろいろな手法を取り入れて完成度を高めてきました。博士の学生が20人ぐらい、修士の学生が50人ぐらい育ちました。彼らのおかげでここまで来られた、と思っています。

 サムスン電子のギャラクシーに標準搭載された時は大変話題になりました。今は、NTTドコモのスマートフォンや、NECやSONYのタブレットなどにも標準装備されていますし、いろいろなコマーシャルで手書き認識が出てくるので調べたら、大学発ベンチャー企業「iLabo」の製品であることが多くなってきました。

──研究はどういった分野まで広がっているのでしょうか。

文字と図の分離

手書き文字と図の分離の研究

 現在は、手書き数式の認識や手書き文字と図の分離の研究なども進んでおり、商品に組み込む直前まできています。また、木簡に書かれた文字の解読など、さまざまな分野で手書き文字認識の技術が使われています。手書き認識は何度か山があって,期待はずれに終わるたびに,研究者が減っていきました。そのたびに、研究予算の獲得も難しくなりました。当時は、水の中をいつ浮上するかも分からず進んでいるような思いでしたが、今、このようなインタビューにお答えできるのも,一緒に過ごした学生達や共同研究した企業の方々のおかげだと思っています。

 アスキークラウド2月号(12月24日発売)の特集「研究者18人に聞いた日本の先端技術」では、中川教授が今注目する先端技術を紹介しています。


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