企業ブランドを作る13万人参加の「文化祭」
グリーンデイ、ブロンディ、「パワー・オブ・ラブ」のヒューイ・ルイス&ニュース。これはライブコンサートの顔ぶれではない。11月19日にサンフランシスコで開催されたセールスフォース・ドットコム主催のイベント「ドリームフォース 2013」出演アーティストだ。
セールスフォースは米フォーブス誌の「世界で最も革新的な企業」にアマゾンや楽天、中国バイドゥなどをおさえ3年連続で1位に選出されたクラウド企業。CRM(顧客管理)ツールや営業支援アプリを提供しており、国内でも日本郵政やキヤノン、トヨタ、アスクルといった大企業の導入事例がある。「日本市場では1割以上のシェアを持っている」(同社広報)という。
ドリームフォースは同社主催で年1回開かれる、世界最大のクラウドコンピューティングイベント。年々規模を拡大しており、今年の事前参加登録者は13万人に上る。同社のマーク・ベニオフCEOによる基調講演のほか、ゲストスピーカーにヤフーのマリッサ・メイヤーCEOやフェイスブックのシェリル・サンドバーグCOOなどが登壇。1250を超える講演が用意されている。
イベント中は街もドリームフォース一色に染まる。大通りを封鎖し、人工芝を敷き詰める力の入れようだ。ところどころにステージが設けられ音楽が鳴り響く光景は、どことなく大学の文化祭を彷彿とさせる。ここまで大がかりな施設を用意し、豪華なゲストを揃え、スタジアムをライブ用に借り切ってまで、人を呼び込もうとする理由は何だろうか。そのヒントはセールスフォースのベニオフCEOの講演に隠されている。
クラウド時代だからこそ求められるポジティブな企業イメージ
「ネットを通じた全てのデジタルデバイスの背後には、お客様がいることを忘れてはならない」。ベニオフCEOは基調講演でそう指摘した。スマホに加え、カメラや腕時計、メガネといったWi-Fi対応端末は50億台を数える。すべての情報がネットに集約されるようになると、利用者との関係性も大きく変化する。
「フィリップスの最新型の歯ブラシはWi-Fi機能が搭載されている。すると、歯医者に行ったときに聞かれるのは『歯を磨いていますか?』ではなく、『フィリップスアカウントでログインして下さい』になる」(ベニオフCEO)。
だからこそ、端末から発せられる利用者の行動や情報を得た上で、利用者の先回りをしてサービスを提供することが重要になると言う。「全ての企業はB to C(カスタマー)企業になる」(ベニオフCEO)わけだ。
「すでにキヤノンのカメラ(Powershot N)がそれを実現している。Wi-Fi機能を搭載していて、ボタンひとつで写真をスマートフォンに送ったり、さまざまなサービスやプロモーションを受けたりできる」(ベニオフCEO)
ベニオフCEOが語る未来は理想的だ。だが一方で、利用者は自分の全ての情報を企業に渡すことになる。安心して製品やサービスを利用するためには、その企業に対する信頼が欠かせない。IDや顧客情報といったデータを預けるなら、なおさらだ。重要なのは、いかにポジティブな企業ブランドを作るか。そしてこれこそ、セールスフォースがイベントを開く目的のひとつだ。
ドリームフォースに参加している代理店のIT担当者は、「セールスフォースに情報を預けても、安全な気がしてしまいます」と話す。ベニオフCEOが直接観客に語りかける基調講演のスタイルやイベントの規模感、著名なゲストスピーカーの数々に「この会社と関わっても大丈夫、という安心感を与える効果がある」(代理店のIT担当者)。セールスフォース関係者も、「ブランディングは目的のひとつ」と明かす。イベントを通じて会社の文化や世界観を発信しているわけだ。
同様の効果は、セールスフォースの社会貢献活動にも見て取れる。同社は就業時間の1%、製品の1%、経営資源の1%をボランティア活動に投じる「1/1/1モデル」を10年前に開始。現在、このモデルはグーグルやドロップボックスといった企業も採用している。セールスフォース・ドットコム・ファンデーションのスザンヌ・ディビアンカ代表は、「(社会貢献は)企業にとって当然のこと」としながらも、「結果的にポジティブなブランドイメージを構築できている」と話す。
日本では顧客ID流出やセールの不当価格表示など、「顔の見えにくい」ネット時代ならではの問題が起きている。だからこそセールスフォースはイベントや社会貢献といった「顔の見える」活動を通じて、自らのブランド価値を高めている。