東京リージョンが開設されて以降、予想を超えるスピードで顧客を獲得するAWS(Amazon Web Services)が、日本のクラウド市場でも存在感を増している。基幹システムのクラウド上での構築や大手企業の採用などの事例が増え、日本のIT市場を変革しつつある。
グーグルやマイクロソフトでも歯が立たない
エバンジェリストの玉川憲氏が「本日は、日本のIT業界にとっておそらく歴史的な一日となるに違いありません」とAWSのブログに書いた2011年3月2日のAWS東京リージョン開設から早くも2年半の月日が流れた。クラウドサービスのオリジネーターであるAWSが国内にデータセンターを構えたことで、日本のクラウド市場は確実に変わりつつある。「海外のクラウドは使えない」という従来の通念は一気に消え去り、国内大手企業の導入が進みつつある。
なにしろAWSのシェアは圧倒的だ。米国の調査会社であるSynergy Research Groupによる2013年第2四半期(4~6月)の調査によると、AWSはIaaS/PaaS市場の約3割のシェアを誇り、圧倒的なリーダーとして君臨している。2位以下にはIBM、マイクロソフト、グーグルなどそうそうたるプレイヤーがいるが、3社の売り上げの総計にセールスフォースを足しても、AWSに追いつかないという。
日本のユーザー数も驚異的な伸びだ。2013年5月に行なわれた「AWS Summit Tokyo 2013」では、日本法人設立から2年強ですでに2万社の導入企業数を獲得したことが明らかになっている。国産クラウドとして大手のIIJ GIOやニフティクラウドでも導入企業が2000社強であることを考えれば、AWSの圧倒的な強さがわかるだろう。
顧客層も従来のようなインターネット企業から一般企業に移ってきている。ユニクロ、東芝、電通、三井物産、オリンパス、朝日新聞社など日本を代表する企業がAWSを積極的に採用している。
新たに加わった「基幹システム」と「エコシステム」のメリット
AWSの強みは、クラウドインフラとサービス自体を自ら作り上げてきたことに尽きる。Amazonの巨大なインフラを借り、使いたいサービスを、使いたい分だけ使い、使った分だけ料金を支払う。リソースの使用量に対する従量課金、負荷に応じてサーバーの台数を増やすオートスケール、インスタンスの立ち上げやセキュリティを一元的に管理できるコントロールパネル、S3のようなオブジェクトストレージサービスなど、AWSが他社に先んじてサービスとして取り入れてきた技術も多い。
近年では、HPCやビッグデータ分野に特に注力しており、HPC向けの「Amazon EC2 ハイメモリ クラスタ インスタンス」やDWH(データウェアハウス)向けの「Amazon Redshift」などのサービスを次々とリリースしている。サービスラインナップの拡充により、性能や容量、拡張性などさまざまな要件にあわせた、きめ細かいシステムの構築がクラウド上で可能になった。同社が先んじて始めたサービスがスタンダードとなり、その軌跡を他社がひたすら追い続ける。同じ土俵に立つ限り、スケールメリットとコストパフォーマンスで勝るAWSとは戦いにならない。
最近加わった強みとしては、AWS上での基幹システム構築が増えてきたという点が挙げられる。日本では医薬品販売を手がけるケンコーコムを筆頭に、SAPの基盤としてAWSを採用する企業が現れている。AWSとSAPは緊密な連携を図っており、SAPのソリューションをSAP認定済みAmazon EC2インスタンス上にデプロイできる。また、AWS上においては「SAP HANA One」というHANAのデプロイ環境が用意されており、スモールビジネスにおいて浸透しつつある。「基幹システム on AWS」は、もはや決して無視できない潮流だ。
またAWSを中心としたエコシステムが確立しつつある点も、他社の脅威になりつつある。日本進出当初のAWSは、ドル建ての従量課金、日本語サポートなどの面で弱点を抱えていた。しかし、大手SIerも含め、AWSのインテグレーションを積極的に進めるパートナーが急速に増えている。また、AWSに関する知識とスキルを認定するAWS認定プログラムもスタートし、日本のユーザーグループの活動も活発だ。サービスを支える人材面の厚みが確実に増しているイメージだ。
数年前、「日本にデータセンターを持たない」サービスだったAWSは、海外基準のデータ管理やネットワークの遅延といった弱点を指摘されていた。しかし、日本でデータセンターが開設されたことで、こうした意見は封殺されつつある。次に出てきた「日本語でのサポートが弱い」「基幹システムはクラウドでは無理」といった意見に関しても、実績においてそれらを覆そうとしている。もとよりグローバル規模をベースとした圧倒的なスケールメリットとコストパフォーマンスがある上、昨今ではプラチナユーザーの獲得やエコシステムの創出など、特定分野でシェアを獲得し続けるIT企業の「勝ちパターン」をも駆使。AWSは同社のサービスを選ばない理由を確実に消し去っている。先日はNECもIaaS事業に参入 し、プレイヤーは増える一方だが、AWSに勝つことは並大抵の努力では難しいと言える。
生き残りには共存共栄と独自性が鍵
このようにAWSの存在感が増す中、国内のクラウド市場はどうなるのだろうか? 当然ながら、多くのプレイヤーは淘汰されていくことになる。コスト勝負ができない、サービスの独自性がない、実績をアピールできない、クラウド以外のビジネスの事業ダイバシティがない、といったプレイヤーはやはり生き残るのが困難だ。
淘汰の過程は、ブロードバンドの普及で多くのISPが大手に吸収されたのを見れば明らかであろう。特にクラウドの場合、物理的な回線やハードウェアのビジネスと異なり、“後腐れ”がないため、ユーザーは仮想化されたシステムを介し、あっという間に別の事業者に移ってしまうかもしれない。AWS上陸はボディブローのように、国内のIT市場に影響を与えてくるだろう。
生き残りの鍵はやはり共存共栄と独自性にある。つまり、AWSとともに勝てるパターンを探しつつ、AWSに提供できない価値を模索するのだ。
共存共栄の鍵は、やはり「オープン性」である。ベンダーロックインされた20~30年前のコンピュータービジネスならいざ知らず、AWSをはじめとしたクラウドの市場はAPIを介したオープンな世界だ。AWSを一概に競合や脅威と考えず、エコシステムに入ってみるというのも1つの手といえる。IBMのようなベンダーは、クラウドサービスのオープン化に積極的に取り組んでいるし、海外では自前のクラウド構築をあきらめ、ホワイトラベルのサービスでより上位のレイヤーでビジネスを展開しているところもある。
もう一方の独自性を発揮するには、AWSのビジネス構造を予断ない形で“正見”するところから始まる。AWSのコストパフォーマンスはなぜ実現されるのか? 競争力の源泉である迅速なサービス展開がなぜ可能か? AWSが手がけていない領域はどこか? これらAWSビジネスの中身や構造をきちんと理解した上で、ユーザーの期待以上のサービスを提供できなければ、AWSに比べた独自性は発揮しづらい。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」のセオリーに立ち戻り、冷静に戦略を練り直す必要があるだろう。
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