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日本各地のかっこいいスポットを愛でる!

産業遺産であり国内最高峰の廃墟・軍艦島の内部を撮影

2013年07月28日 15時00分更新

文● 林 佑樹(@necamax

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外周部の住宅棟
その密集度と当時の建築技術に驚く

 島内の散策は、大正時代に建てられた30号棟からスタートして、小中学校跡までを練り歩くルートだった。あちこち底が抜けていたり、がれきが散乱していたり、上を見上げると高密度ビル群によって切り取られた空といった世界が広がっていた。都内もビルが林立しているが、それらよりも空の面積は少ない。このあたりは、Googleマップのストリートビューでチェックしてみるといいだろう。

第3見学広場の正面に見える30号棟を見上げたところ

下請け業者の飯場として使われていた30号棟の中を覗いてみたところ

こちらも30号棟。奥に見えるのが25号棟、左手に見えるのが31号棟だ

30号棟の横は大きな穴が空いていた。吹き抜け状態になっているようで……こう真下から撮りたかったのだが危険すぎるためダメだった

31号棟の2階から30号棟を見たところ

31号棟内部。当時の平均身長に合わせたのか階段の段差がやや低い

こちらも31号棟内部。海に直面しているため、風化がだいぶ進んでいる

25号棟外観。1階はスナック、2階は旅館、3階以上が職員住居だったところ

左が31号棟、右が25号棟

31号棟を抜けた直後に飛び込んできた残骸。端島では国内初の鉄筋コンクリートを採用している。現在と比べると明らかに鉄筋が細い

31号棟を内側から。屋上は子どもたちが遊ぶ場所だったそうだ。そして写真下あたりではでは、当時のリア充がゴザの中で逢い引きしていたそうな(というかそこしかなかったらしい)。想像に容易いが、屋上から下に向けて「あっちでも接吻~こっちでも接吻~」などの直上攻撃が行なわれたという

8号棟近くまで登ったところにあったお地蔵さま

48号棟付近から。島の中とは思えないビル街である

18号棟と19号棟の間。その間には木が育っていた。16~18号棟の屋上では屋上菜園が行なわれていたそうで、そこからのものだろうか。ともあれ、とても神秘的な空間だった

たしか18号棟近くだと思うが、どう見てもFPSのマップである

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