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末岡洋子の海外モバイルビジネス最新情勢 第77回

ソフトバンクのSprint買収は実現する? 激動期の米通信業界

2013年05月01日 16時00分更新

文● 末岡洋子

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 アメリカの通信業界がダイナミックに動いている。ソフトバンクが昨年秋に買収合意したSprint Nextelに対し、4月中旬に衛星放送のDish Networkが買収提示を行い“待った”をかけた。Dishの提示金額は225億ドル、ソフトバンクは当初提示していた201億ドルをつり上げるのか?

Sprint、Clearwire、DiSH
そしてソフトバンク

 各社を簡単に紹介すると、Sprintはアメリカで3番目の通信キャリアで、加入者数は5520万人。SprintはCDMAキャリアでLTEネットワーク構築を急ぐ一方で、2004年に買収したNextelのiDENサービスは年内閉鎖を予定している。Sprintの出資を受けているClearwireはWiMAXキャリアとしてスタートし、現在TD-LTEへの移行を進めているところだ。一方で、Dishは衛星TVサービスでDirectTVに次ぎ2番手。加入者数は1400万人である。

 時系列で動きをみてみよう。ソフトバンクがSprintの買収合意を発表したのは2012年10月のことだ。この合意では、ソフトバンクがSprintの約70%の株式を201億ドルで取得することになっている。SprintはLTEネットワーク構築などで資金を必要としており、ソフトバンクに頼った形だ。

 東京で開催された発表会で、ソフトバンクの孫正義社長とSprintのCEO、Dan Hesse氏は固い握手を交わした。Sprintはその後12月、資本参加しているClearwireの残りの株式を1株当たり2.97ドルで買収すると発表した。この取引は、ソフトバンクとの買収合意条件に入っていたといわれている。

昨年10月の記者会見時の孫氏とSprint CEOのDan Hesse氏。Hesse氏が以前に起業した際からの知人であるとその関係をアピールしていた

 ここでDishが動いた。Dishは2013年1月、Clearwireに対し、Sprintよりも高額となる1株当たり3.3ドルで買収を持ちかけた。そして今回、4月中旬にDishはSprintに買収を提示した――という流れだ。DishはSprintに対し、68%の株式を255億ドルで取得することを提示、Sprintは特別な委員会を設けてDishの案件を評価する。

30日の記者会見では、孫氏はDishが主張する一株あたりの価値は間違いで、実際にはソフトバンク案が上だと主張した

クアッドプレイをアピールするDish
クセが強いDishトップに孫氏はどう対抗する?

 当時からDishの最終的な目的は、Sprintではないかという憶測があった。衛星TVだけでアピールできる時代は終わっており、ライバルのケーブルTV各社はTV、電話、インターネットの“トリプルプレイ”やオンデマンドサービスでユーザーを獲得している。

 さらにDishは2GHz帯でLTE-Advancedネットワークを構築する許可などを、米連邦通信委員会(FCC)より得ており、モバイル分野への拡大を明確にしている。だが自社での構築は現実的ではなく、モバイルキャリアの買収は手っ取り早い(Sprintに提携を持ちかけたが、うまくいかなかったようだ)。さらにはカバーエリアという点でも、800MHz付近の周波数が欲しい。そこで850MHz帯を持ち資金源を必要としているSprintは好ターゲットとなったようだ。

 Sprintとソフトバンクの買収は、規制当局の承認を得た後、2013年半ばに取引完了予定としてきた。しかし、規制当局側の作業は必ずしもスムーズとはいえない様相だ。1月に米司法省(DOJ)は安全保障の理由から、FCCに対し、ソフトバンクのSprint買収審査を中断するよう要請した。

 米政府関係者は重要なインフラとなる通信について厳しくチェックしており、中国企業であるHuawei Technologies、ZTEの2社の通信インフラ機器については、国家保安上のリスクがあるとして利用しないよう勧告している。ソフトバンクは日本ではHuaweiの通信インフラを利用しているが、米国の事情を考慮し、Sprint買収後は米国でHuawei製の通信インフラ機器は利用しないと米議員に公言した。

 こうした中でのDishの動きとなった。これに対するソフトバンクの回答が注目されるが、現時点では冷静だ。ソフトバンクは公式コメントで、自社の提示条件の方がDishよりもSprintの株主にとって良い内容であることを強調、「すでに必要な承認を得られる段階にきており、これまでに合意している条件で2013年7月1日には完了する見込み」と自信をみせた。

 冷静さの背景には、買収が失敗したとしても経済的損失はないことがある。Wall Street Journalによると、Sprintが合意契約を破棄した場合、ソフトバンクは違約金として6億ドルを受け取ることができるほか、Sprintの転換社債をすでに31億ドルで取得しており、1株当たり5.25ドルで株式に転換できる。これにより得られる金額は10億ドル程度にものぼるという。それでも、ソフトバンクのSprint買収の狙いは米国市場進出とそれによるスマートフォンの調達などの効果だ。これらの要素を秤にかけながら斟酌していると思われる。

 だが相手は手強い。Dishの大胆な動きは共同創業者で現会長をつとめるCharlie Ergen氏によるものだが、ちなみにこのErgen氏はプロのポーカープレイヤーだったとか。孫氏の手腕にも定評があるが、Ergen氏の出したカードをSprintがどう判断するのかが注目される。

孫氏のキャラクターは日本ではすっかりおなじみだが、相手のErgen氏もなかなか強力だ

 DishはSprintと合体することで、TV、インターネット、固定電話、モバイルの“クアッドプレイ”が実現できるとアピールする。Verizon、AT&Tの2強と対抗するにあたって大きな差別化になるというのだ。これは“モバイルの専門知識”を前面に出す国外のキャリア(ソフトバンク)に買収されるよりも、分かりやすいかもしれない。Sprintは、6月12日にソフトバンクの買収について株主投票を行う予定だ。

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