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渡辺由美子の「誰がためにアニメは生まれる」 第29回

「おおかみこどもの雨と雪」興収42億円ヒットの背景

2013年03月09日 12時00分更新

文● 渡辺由美子(@watanabe_yumiko

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映画とは公共のものである


―― 「映画とは、公共のものである」とは、どういうことでしょうか?

この連載のタイトルは「誰がためにアニメは生まれる」ですよね。監督の細田守さんは、「映画とは、公共のものである」と常々言っているんですが、僕もまったくその通りだと思っています。公共性のある映画を作ろうというのは、「おおかみこども」に限らず、「時をかける少女」「サマーウォーズ」という一連の細田監督作品の軸になっていると思います。


―― 「公共」とは具体的にはどういうことなんでしょう。

細田監督は、映画を「公園」になぞらえているんですけど、公園には、様々な人が様々な目的で集まって楽しんでいる。つまり、公園という場所は提供しても、どう楽しむかは千差万別なんですよね。映画もそうで、みんなが映画館で1つのスクリーンを見るわけだけど、その目的はまったくバラバラで、さあ作品を楽しもうと100%それだけで来る人もいれば、カップルで来て、彼女といい感じになりたいなあ、その手始めとして映画を見たいという人もいる。暇つぶしに来る人もいれば、親子ならば、子どもに情操教育として見せたいから来ようなんていう人たちもいる。

うち(角川書店)は主に出版をやっているけど、映画が「本」と違うのはそこですよね。本はお客さんがその作品を鑑賞する目的で手に取るわけだから、作品に対して抱く期待と作品内容にそんなにズレが出ない。ところが映画は「場」まで提供するものだから、お客さんの映画館に来る目的も期待も、人によって大きく異なる。映画っていうのは、そういうお客さんの期待すべてに応えていく必要があると思うんです。

映画館は「公共の場所」と渡邉氏は言う。「本と違うのはそこですよね。期待も人によって大きく異なる」


―― 様々な目的を持つすべての人々の期待に応えるというのは、相当ハードルが高いように見えますね。

そうですね。だから、理想を言えば、になってしまうんですけど。実際には全員を満足させることは難しい。難しいんだけど応えていこう、送り手としてそれを念頭に入れるべきだ、という気持ちでいるんです。それから、映画というのはパブリックなものであるというのには、もうひとつの意味があるんです。映画は、関わる人の数が非常に大きなビジネスでもある、ということです。

特に上映館数が多い作品になると、規模がとてつもなく大きくなります。基本的に映画は監督1人ではできなくて、監督がいて、演者がいて、それを実際に小屋(映画館)に掛ける人がいて、劇場を経営している人がいて、切符を売る人がいて、宣伝をする人がいる。ましてや我々がやっているアニメーションの制作規模だと、映像制作だけで大体数百人が関わるわけです。さらにそれをサポートしている各出資者がいて、各出資者に対して各担保者がいて……全部足すと、おそらく数千人規模が1つの作品に関わっている。

つまり、映画の興行収入の結果によって、数千人の生活が左右されてしまうんです。まず「出資者に対して損をさせない」というのが、この映画の「ビジネス」としての一つの目標でした。


―― 結果、「おおかみこども」は興収42億になり、その目標は達成できたわけですね。個人的には、アニメーションを考えるときは作家性や作品の内容に着目してしまうのですが、実際には「映画」という巨大なビジネスとしての要素もかなり強いのですね。

そうですね。ビジネスだと思います。なぜなら出資者に還元できないと、細田監督が次の作品をつくれないからです。だからもちろん出発点としては、「いい映画をつくりたい」という細田さんや僕たちスタッフみんなの思いがあってのことだけど、やっぱり大勢の人の命運を巻き込むものなんだということを忘れてはいけないんですね。映画というのは、関わってくる人たちの運命の一部を背負ってしまっている。

ああ、失敗しちゃったねと一言で済まされるのとはちょっと別の次元の、「責任」と呼ばれるようなものがそこに存在するんですね。


―― 責任ですか。

そうですね。映画には責任が生じると思います。最初の「映画は公共のもの」というところに立ち戻ると、映画1つを作って出すということは、ある1人のエゴや、表現したいという衝動だけで完成させるものではないということです。

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