人はどうして映画で泣くのか
それから僕がプロデューサーとしてずっと考えていたのは、「人はどうして映画で泣くのか」でした。それは個人的にずいぶん研究したと思います。
―― 映画で泣く理由を考える、というのはどうしてですか?
やっぱり大事なんですよ、お客さんを泣かしてしまうのは。だって泣いちゃったでしょ、となったらその映画は観てよかったことになるわけで。
人が映画でなぜ泣くのかを考えたのは、アニメ雑誌の編集を長くやっていたからだと思います。編集者が「なぜこのアニメで泣けるのか」がわからないと、特集も組めないし、お客さんが見たいシーンが載っていないということになってしまう。読者が見たい写真を選ぶのは、映画の何がキモか、何によって感動したのかを考えることでもあったんです。そして監督へのインタビューで自分の考えとの「答え合わせ」をやったりしてね。
そういう訓練をアニメ雑誌の編集者時代にやってきているから、今はプロデューサーとして、逆算して「感動できる映画にはどんなシーンが必要なのか?」というのを考えているんでしょうね。
(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
―― 渡邊さんのプロデューサーとしての作品への関わり方は、アニメ誌編集者時代に「アニメをお客さんがどう見ているか」を考えてきたことが大きなポイントだったわけですね。
そうですね。さきほど「キャラクターアニメにしないお約束」云々と言ったけど、これも理屈を言えばそうなるというだけで、実は一般性を持たせようとことさら強く意識していたわけではないんですよ。……というのは、僕自身は、正直、持っているものが「普通の人」とそんなに変わらないのでね。アニメファンのど真ん中と言えるほどのものがないだけなんですよ。
これは矛盾しているというか、心苦しいことなんです。
僕は徳間書店では「アニメージュ」、角川書店に入ってからは「Newtype」の編集長をそれぞれ3年半ずつやっている。編集部員であったときを入れれば、もっとアニメ誌歴は長い。本当は、アニメ誌の編集長をやるような人は、日本一、いや世界一アニメに詳しくなきゃいけない。そういう人じゃないと困るわけで。でも、残念ながら、申し訳ないけどそういう風には、僕はなれなかった。
最初にバイトで「アニメージュ」編集部に入ったときに、もうびっくりしたもの。みんな、フリーランスの人たちは物心つくころからテレビ画面を見て自分でスタッフリストをつくっていた、そんな思い出話をするわけですよ。俺も作っていた、ああ俺も俺もと。でも、僕はそんなことやってないよという。基礎力が違うんですよ。こんな人たちととても互角に戦えないと思った。それでフリーランスじゃなくて会社に属する編集者になったとも言えるわけです。
だから、一般性のある作品を作ろうというよりも、やっぱりわりかし普通の人たちと同じ感覚を持って生きていかざるを得なかった。そういうことですね。プロデューサーとしての戦略とかそういう話じゃなくて申し訳ないんだけど。サラリーマン社会のおっさんとあまり変わらない感覚でしか、正直つくらざるをえないんですよ。
―― それがかえって一般性につながったわけですか?
それが良かったかどうかは分からないですけどね。「おおかみこども」は、様々なお客さんから千差万別に受け取られた。家族ものだからと言って、ほのぼの映画として受け取った人たちばかりじゃないんです。10代から20代前半ぐらいの若い人に聞いたら「なぜ花は避妊しなかったのか」という感想も返ってきた。それにはびっくりしたけど、そういう驚きはいくらでもある。映画はその千差万別を受けとめる。宿命みたいなものですよね。
(C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
(後編に続く)
■著者経歴――渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)
1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。日経ビジネスオンラインにて「アニメから見る時代の欲望」連載。著書に「ワタシの夫は理系クン」(NTT出版)ほか。
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