パイプライン構造の工夫については、ちょっとした回路の手直しをしていた例は多い。今と違ってまだ回路規模も(相対的に)それほど大きくはないし、製造に必要な半導体マスクのコストも、1回あたり1千万円未満で済む時期だったからだ。
おそらくCyrixの設計陣にもう少しゆとりがあれば、そうした工夫をする余地はあったと思うのだが、そのゆとりがなかった。もともとCyrixの設計チームはかなり小規模だった。当時の彼らは、M2の後継製品である「Cayenne」や「Jalapeno」といったCPUコアの開発と(関連記事)、M2のマイナーアップデートである「Gobi」を同時に開発していたから、M2自身のアップデートには手がまわらなかったのだろう。
結果としてM2は、完全にAMD/インテルの競争から取り残される。そのためM2は低コストを売りにするしかなく、これはASP(平均小売価格)を下げることになって、さらに売り上げが減るという悪循環に陥る。NSは1999年5月にCyrixの売却を決断。最終的にVIA Technologiesに売却することになる。
2次キャッシュ内蔵版M2の「Gobi」
登場する前に会社が売られる
今回の本題である、M2のマイナーアップデート版「Gobi」について説明しよう。
Gobiとは、M2のコアをそのまま使いながら2次キャッシュを搭載し、「Socket 370」に対応したバスインターフェースを持ったCPUである。この当時、インテルはいち早く「Socket 7」を捨てて、Socket 370に移行を完了していた。対するAMDは、Socket 7のFSB周波数を100MHzまで引き上げた「Super 7」に移行していた。
ところがCyrixはと言うと、かろうじて「M II-433GP」(300MHz駆動)が100MHz FSBに対応できたものの、大半の製品が83MHz FSBどまりだった。またSocket 7の今後の展開を考えると、Socket 370への移行したほうが正解であろうと判断した。例えばAMDはこの後、Socket 7を完璧に捨ててSlot A/Socket Aに移行したから、判断そのものは間違っていない。
問題はSocket 370の場合、外付け2次キャッシュは使えないことである。Socket 7の場合、チップセット側にPBSRAM(Pipeline Burst SRAM)を搭載して、これをCPUの2次キャッシュとして動かせた。これならCPU側に2次キャッシュを搭載する必然性は薄く、Socket 7系CPUでは「K6-III」だけが2次キャッシュを内蔵していた。ところがSocket 370ではこれができないから、頑張ってCPUに2次キャッシュを内蔵しないと、性能の劣化が著しい。
そこでGobiでは、256KBの2次キャッシュを搭載することにした。Socket 7では通常512KB、多いものだと2MBの2次キャッシュを装備する製品もあったが、Gobiでは256KB。容量的にはかなり少ないが、その代わりCPUコアと同じ速度で動くので遅延ははるかに少なくなり、トータルでは十分性能改善の効果があると判断されたのだろう。
またプロセスそのものも0.18μm(180nm)に変更して、省電力化が図られた。Cyrixとしては、GobiがPentium IIIに伍するのは無理としても、Celeron対抗としては十分に競争力があるつもりだった。だが、これを市場に投入する前にNSはCyrixの売却を発表。その直前には、「Gobiが『Cyrix M3』として発表される」という噂が流れていたが、結果として実現しなかった。
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