作った成果が自分たちで実感できる喜び
働きたくても働けないのがアメリカ人
内藤 「私たちは、アメリカの方とも一緒に仕事をしていた。これは偏見が含まれているかもしれないけれど、当時の僕らが持っていた印象では、アメリカ=世界っていう風に見えていた。日本対世界を考えたとき、自然とアメリカ人を意識するんですね。
『日本人は勤勉である。非常によく働く国民である。それ以外は怠け者だ』という図式が世の中にはありますよね。でも、全然そうじゃなかった。
アメリカの人たちは、実はもっともっと働きたい人たちなんだと。でも、会社に長くいることが許される社会ではないんです。
家に帰らなくちゃいけない。子どもが学校でサッカーがあるって言えば観に行かなきゃいけない。そういう社会で、彼らはずっと悶々と暮らしていた。家に帰ったら、どうやって仕事したらいいんだろうって。
ある人は会社が終わるまでに読みきれなかったメールを、秘書に全部プリントアウトさせて持って帰り、自宅で手書きした返事を翌朝秘書にわたして、全部タイプさせていた。自分は会社で、その間に新しくきたメールを読むわけです。
とにかく、働きたいんだけど働く時間がないっていう環境なんです。
当時もモデムはあってエグゼクティブは自宅に大きなPCを入れてましたけど、1200bpsの速度でできることなんてたかが知れてますよね。
つまり仕事をするためのツールに飢えていた。逆に言えば、そのためのツールを手に入れた人たちの豹変ぶりに目を見張るものがあった。コンピュータが速くなる、回線が速くなる。そのたびに彼らのプロダクティビティーがどんどん上がっていくのが見えるんです」
遠藤 「要するにオフィスにコンピュータが入って仕事の質が変わる。それをIBMの顧客を通してではなく、IBMの社内で実感できると言うことですね」
内藤 「そうです。パソコンを持って帰れることには、とても大きな意味があった。アメリカの空港に行くと、みんなガツガツと仕事してますよね」
遠藤 「場合によっては床に座って仕事を始めたり……」
内藤 「だから、こういうツールを使うと人間あるいはビジネスマンのプロダクティビティーがこんなにも変わるんだってことがすごくよく理解できた。そして、自分たちもそれ真似して働く。すると、自分も同僚も『ああ自分たちは、こんなニーズに応えるためにコンピューターを作っているんだ』と実感する。自分たちが作っている製品と如実にリンクしてくるんです」
遠藤 「成果が見えるということですね。メチャクチャやりがいあるじゃないですか!」
内藤 「私は入社当初、銀行向けの端末を作るフィールドエンジニアだったんですが、これは自分で使うものではないんですね。行員の方がお客さんで、その人が端末をカチャカチャやりながら、『ここをこうして欲しい』っていうのを聞く。われわれは言われるから作るんであって、自分ではそのよしあしが分からないわけです。でも、パソコンは、本当に自分自身が得心して作れるという魅力があった」
仕事をする場所という物理的な制約から解放する
遠藤 「若い読者の中には、ノートパソコンがいつどうやって出てきたか知らない人もいっぱいいると思うんです。……多分今のお話って、1980年代にはモバイルコンピュータは事実上なかったことですよね。もちろんポータブルターミナルもあったし、パーソナルワープロもあったけど、デスクトップでやっている仕事をそのまま家に持ち帰れるとか、空港の待ち時間で使えるようになるのって、実は1990年が明けてだいぶ経ってからなんですよね」
内藤 「そうですね、1995年ごろかなぁ。それまでは、ワークする場所は物理的な場所とつながっていたんです。そこでないと仕事ができない。だから帰っちゃう人は生産性が低い。そういう図式の中で悶々としていた人たちが手に入れた武器なんです」
遠藤 「もちろんモバイルPCは1980年代からあったけど、文字を書くだけじゃなくて仕事をバッチリできるようになる条件が揃うにはそのぐらいの時間がかかった。さらに通信環境っていう問題もありましたからね」
内藤 「日本では少し経った2000年ごろ、多くの家庭にブロードバンド(ADSL)が入り始めた。そして家庭でも、すぐにWi-Fiが付いた。あのスピードにはビックリしましたね。何Mbpsのデータが家庭に届くまでにはもっと時間がかかるだろうと思っていましたから。
── ThinkPadシリーズは無線LANを標準搭載するタイミングが他社と比べて非常に早かった印象もありますが。
内藤 「早かったんです。それが本当に使えるんだっていうのがとても嬉しかったですね。そういう時代を期待していたためですが、その予想を大きく上回る速度でした」
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