保存期間は3億年? 最強のメディアの正体を日立製作所に聞く

文●美和正臣 撮影●小林伸

2012年11月19日 12時00分

デジタルデータを保存したメディアは、一体いつまで保つのか? 昨今、このような疑問を、よく耳にするようになった。例えば身近なところで言えば、LDやDAT、MD、D-VHSなど一世風靡したデジタルメディアは、プレーヤーの販売が終了した現在では誰もが簡単には取り扱えない。また、メディアの読み取り面にカビが生えたり、傷がついたり、テープメディアならば切れてしまうという物理的な障害もデジタルデータの保存期間に影響する。
9月24日、日立製作所から京都大学との共同研究の成果として発表された内容は、非常に長期に渡ってデジタルデータを保存し、遠い将来でも容易に再生技術を再構築できるという内容のものであった。メディアには石英ガラス、記録には高出力のレーザー、再生には、低倍率の光学顕微鏡で撮影した画像を使うというこの技術、一体どのようなものなのだろうか。今回はこの話を聞いてみたい。

パルス幅が10兆分の1というフェムト秒レーザーで記録

――まず今回発表された技術について教えていただけませんでしょうか。

塩澤:現在、データの保存には、光ディスクやハードディスクが広く使われていますが非常に長期に渡ってデジタルデータを保存できる手段は存在しません。今回発表した技術は、文化遺産とか公文書といった非常に重要で後世に残すべきデータの恒久的な保存をターゲットとしたものです。こちらの表は各ストレージ技術の寿命を比較したものです。

日立製作所 中央研究所 先端ストレージ研究部 主任研究員 工学博士 渡部隆夫(わたなべ・たかお)

日立製作所 中央研究所 エレクトロニクス研究センタ 先端ストレージ研究部研究員 塩澤学(しおざわ・まなぶ)

――……メディアとして粘土板を出しますか(笑)。

塩澤:古代の粘土版とか和紙に記録された文字情報の寿命は、5000年とか1000年などと非常に長いものです。ただ、記録密度は、現在のデジタル媒体と比べると非常に低い。一方で、現在の光ディスク、ハードディスク、半導体メモリといったものの寿命はせいぜい10年から100年程度と言われています。

――光ディスクは100年も寿命があるんですか。一時期秋葉原では寿命3ヵ月のディスクとかがあって、ある意味機密保持性が高いと言われてましたが(笑)。

塩澤:きちんと記録されていて、それなりの環境に保存されていれば100年ほどの寿命が期待できるといわれています。

――なるほど。でも、100年なんですね。

塩澤:そうです。デジタルデータを半永久的に保存する技術はまだ確立されていません。恒久的な保存のための要件は3つあると考えています。記録した媒体・記録データが恒久的な寿命を有すること、次に管理が容易であるというものです。保存したときに、例えば室温や湿度などをコントロールしなければいけないということがありますとコストがかかりますし、1000年以上保存しようとした場合には現実的ではない。特別な空調設備のない室内に保管しておけば大丈夫というのが重要です。もう1つ重要なのは、特定のドライブに依存しない再生です。これは例えば100年保存した後、再生する装置がない、あるいは再現できないためにデータが読みだせないといった問題が起きる可能性があるためです。

――まあ、LDやVHDって、現在では再生する手段がないですからね。

塩澤:そうです。そこで、特定のドライブに依存しないという再生方式が重要になります。記録はその時にきちんと記録できてればいいのですが、再生は機器に依存しないことが大切です。

記録媒体としては石英ガラスを使っております。石英ガラスは、化学的にも、熱に対しても安定で放射線にも強いので、長期に保存する記録媒体としては非常に有望であると言えます。こういった特徴に着目して2009年には、石英ガラスの内部にフェムト秒レーザーという超短パルス・高出力レーザーで多層に記録されたテストパターンを再生する原理実験を行いました。しかし記録密度が低く、再生も断層撮影の原理を応用したもので、演算処理が複雑であるという課題がありました。

塩澤:今回の発表のポイントはCD並の記録密度と、低倍率の顕微鏡を使った簡便な再生方式。この2つになります。

――なるほど。

塩澤:ここからは具体的な記録再生技術のご説明になります。まずは記録技術からになります。こちらは記録用の実験装置の模式図を示したものです。

――これはまた複雑ですねぇ(笑)。

塩澤:京都大学と共同研究しておりまして、こちらの装置で記録実験をしております。ポイントは2つありまして、1つは「フェムト秒チタンサファイアレーザー」という特殊なレーザーを使っているという点、もう1つは「空間位相変調器」を使用しているのが特徴です。「フェムト秒チタンサファイアレーザー」ですが、こちらのグラフがレーザーの発光波形を示したもので、横軸に時間、縦軸にパワーを示しています。ずっと一定で光っているわけではなく、パルス状に発光するというのが特徴です。ただそのパルスの幅が、120fs(フェムトセカンド、10-15秒)、10兆分の1秒という非常に短いものです。短い時間にエネルギーが集中するため、パルスのピークパワーは数GW(ギガワット、109W)と非常に高い値となります。

チタンサファイアレーザーの発行波形。ピーク時間が非常に短く、ピークパワーが高いのが特徴

――数GW! そんなに高出力なんですか!

塩澤:そうですね。普通のBlu-rayで使われているレーザーですと、数百mW(ミリワット)のオーダーですね。

――へぇ……。これは唖然としちゃいますね。

塩澤:ということで、特殊な非常に高いパワーを出せるレーザーを使って記録しているわけです。もう1つの「空間位相変調器」ですが、フェムト秒レーザーから出てくる光はこのような単一ビームなんですが、これを「空間位相変調器」を通すことにより、このようなマルチスポットを作ることができます。1つのビームから多数の点を作ることができるので、一括でデータを記録します。具体的には100ドットくらいを一括で記録しています。

――いきなりポーンと100個も記録できてしまうんですか?

塩澤:そうです。こちらが実際に記録した結果の顕微鏡写真です。1つのサンプルの中に4層、積層しています。各層で記録密度が10MB/inch2で、4層合わせて40MBになります。ちなみにCDが35MB/inch2でして、それ以上の面密度記録を達成しています。黒く見えている点がレーザーが集光した場所で、ドットが形成されています。この画像を見ていただければわかる通り、記録パターンが正しく形成されているのがわかります。

記録パターン

顕微鏡写真

1本のレーザーを100本に分ける空間位相変調器

――多スポットで記録できるという話ですが、画像の点1個が、1ドットですよね?

塩澤:そうです。

――写真の右上に5×5ドットのパターンがありますが、あのパターンの縦横倍のものがいきなりボンと記録されるわけですか?

塩澤:そういうことです。

――ちょっとよくわからないのですが、最初のレーザービームは1本なわけですよね? 100くらいの多スポットに分けるのはどうやっているのですか?

塩澤:フェムト秒レーザーの光を空間位相変調器に反射させるのですが、中身は、このようにメッシュ状に切られています。各メッシュで光の特性、具体的には位相というものなんですが、これを制御することができます。対物レンズでこの反射光を集光すると、先ほどご覧いただいたような多スポットができます。任意の多スポットを作るように、メッシュの部分で反射光を制御しているわけです。

――ちなみに記録レイヤー0からレイヤー3まで、いきなり全部を記録できるのですか?

塩澤:そこはフォーカス位置を変えて、1層ごとに記録していきます。再生には透過型の一般的な光学顕微鏡を使っておりまして、倍率が20倍くらいです。それほど特殊なものではありません。

――えっ、そんな倍率なんですか。中学校の理科室にもありそうですね。

塩澤:ええ。顕微鏡で撮像した画像データをパソコンに転送し、信号処理を行い0と1のデジタルデータとして再生します。信号処理の内容としては大きく分けて2つありまして、1つ目がコントラストの強調処理になります。これは同じサンプルを見る時にフォーカス位置を変えると、このようにドットが白く見えたり黒く見えたりする現象を利用したものです。「白引く黒」という計算をやると、このようにコントラストが非常にはっきりした画像が得られます。電気の世界でよく使われる差動信号処理みたいなものですが、コントラストが強調されるわけです。もう1つは輪郭強調処理と呼んでおりまして、画像処理の世界では「アンシャープマスク」と呼ばれているものです。元画像から一度ボケ画像を作ります。こうすると高周波成分が除去されて、他の層からのノイズといった低周波成分だけが残ります。このようなボケ画像を元画像から減算することで、よりくっきりした形の画像が得られるわけです。

コントラスト強調処理

輪郭強調処理

――この2つを組み合わせて再生させるわけですね。

塩澤:そうです。

――今のパソコンでも可能な信号処理を使っているわけですか。

塩澤:再生は、装置も信号処理も特殊なことをやっていないので、後世の人達が容易に再現できるだろうと思います。

こちらのグラフが実際に顕微鏡写真から再生したデータの品質を評価したものです。4層それぞれの結果を示しています。縦軸がS/Nで、信号の品質を示すものです。大きいほど良いということになります。各層で先ほどご説明した信号処理を行う前と、信号処理を適用した後の結果を比較しています。お分かりになるように、信号処理によって品質が改善されています。S/N15dBを目標にしており、これが大体エラーレートが0に相当するS/Nになります。信号処理を適用することですべての層でエラー0相当のS/Nが得られるわけです。

4層のS/Nグラフ。中央の2つの値が若干下がっているのは、両側から影響があるため

――画像の処理アリ・ナシだと、結構な差があるんですね。レイヤー1、レイヤー2は真中の2層でいいのですか? この2つが僅かながらS/Nが下がってしまうのは内部にあるからということですか?

塩澤:そうです。外側の層は片側の層からしか影響を受けないですが、中間の層は両側から影響を受けるためです。次に耐熱性についてご説明します。こちらのグラフは、横軸が高温で加熱した時間、縦軸がS/Nの変化量になっています。今回試作したサンプルと、前回発表したサンプルを比較して示しています。ご覧いただくと分かりますように、2009年に発表したサンプルは900℃で加熱していくとS/Nが低下していっているのに対して、今回のサンプルは1000℃で2時間加熱してもまったく劣化がありません。

2009年の試験結果に比べると大きくS/Nの変化量が改善されているのがわかる

――材質が変わったということですか?

塩澤:同じ石英ガラスです。2009年の発表の時は、記録は外部の業者に委託したため、詳細な記録条件が不明ですが、おそらく今回に比べて低いエネルギーで記録されているため耐熱性に差が出ていると考えております。実際に顕微鏡で撮影すると今回のものに比べてコントラストが低くなっています。一般に記録のエネルギーが低いうちは、石英ガラスの屈折率が変わって見えるのですが、パワーを上げていくと実際の構造物ができます。2009年のものはその屈折率変化で、今回発表しているものは具体的な構造物、微小な空隙があいていると考えています。

1000℃で2時間保つ記録媒体はコレだけ!

――そもそも、この技術研究を始めたのはいつなんですか。

渡部:2007年に研究を始めて2009年に最初の発表を行いました。

――きっかけは何だったのでしょうか? こういった「超長期間保存できる媒体を作ろうぜ!」みたいな要求があったのでしょうか。

渡部:私は元々半導体メモリを研究していました。新しいテーマを探そうということでいろいろな場所でヒアリングした結果、恒久的なデータの保存にはニーズが結構あるけれど、手段がないということを知りました。半導体では長期保存に必要な耐熱性や耐水性を実現するのが困難なため、石英ガラスでの記録がいいのではないかということで始めたんです。

――どういった理由で半導体はダメなんですか。

渡部:半導体では高い湿気に弱く、また、電気的な接点や、チップ内部の配線や微小なトランジスタがとても1000℃といった温度では耐えられません。

――ああ、高温というのが問題なわけですね。

渡部:ええ。長期保存では、火事などへの耐久性も大切です。半導体では、チップ内部の金属配線がやられてしまいます。また、最近は低温プロセスで製造されているため、トランジスタの特性にも影響が出ると思います。そもそも周りにハンダが使われていたら、それからやられてしまいます。

塩澤:1000℃で2時間保つ記録媒体は、これ以外に恐らく存在しないですね。

――2009年のものは非常に記録密度が低いものでしたが、その点はどう考えていたのですか?

渡部:あくまで原理実験でしたので、記録ドットのピッチは100μmと粗いものでした。再生装置もそのあたりの部品を買ってきて手作りしたものでした。粗いピッチながら多層でもデジタルデータが読めること、加熱試験の結果から、他にはない寿命が期待できることを確認したのが、2009年の段階でした。

――この3年間にどんなブレイクスルーがあったのでしょうか?

塩澤:大きく進歩したのは記録技術ですね。以前は外部業者に委託して原理実験用に記録をしてもらいましたので、私ども内部の方では記録技術を持っていなかったんです。今は京都大学と組んでやっています。

渡部:彼のバックグラウンドが光ディスクなんですよ。彼が、そのノウハウを適用して、高密度の記録条件を最適化しました。私は画像処理の知識を活かして再生技術を担当しました。

――こういうのって普通の光ディスクと比べるとまったく違う世界だと思うんですけど、最初にガラスに記録するという事を聞かされたときにはどのように感じました?

塩澤:最初は戸惑いましたが、いろいろやっていくうちに光ディスクの技術を適用することができることがわかりました。例えば、BDでは4層まで記録層があるのですが、層間距離をどうすればいいかとか、1層あたりの記録密度をどう詰めればいいかという事が問題となります。

――今までの既存の光ディスクの記録を考えるならば、そんなには難しくないという感じなんですか?

塩澤:光ディスクのバックグラウンドが十分あれば、それを適用することが可能であったということです。そこは蓄積がございますので、それを適用した形です。

――なるほど。記録のところで一番難しかったのはどういうところなのでしょうか。

塩澤:記録の最適化です。記録するときにまず、パワーをどうすればいいかとか、1層あたりドットとドットの間隔をどのくらい縮められるのか、縮めるためにはどうすればいいか、そういったことが難しかったですね。多層化にあたっては、層間距離をどうすればいいのかなどです。

層の間を詰めると、層間クロストークと呼ばれる、他層からのノイズが問題となります。層間距離を変化させた際に、再生したい層の信号量に対してこのノイズ量がどれくらいなのかを定量化しました。

――現在は4層ということですが、1層あたりのガラスはどのくらいの薄さなんですか。

塩澤:それは……こちらが試作サンプルです。

――小さい(笑)。これ、今日の機材で撮影できるかなぁ。

塩澤:厚みが2㎜のものです。サンプルですので、これが製品のサイズになるというわけではありません。そのまま手で触れていただいて結構ですよ。

――これで1層なんですか?

塩澤:いいえ、この中に4層入っています。

――えっ! この中に4層入っている?

塩澤:ドットの間隔が2.8μmですので、目には見えないんです。

――これ、すでに記録してあるんですよね?

塩澤:ええ、記録してあります。顕微鏡で見ると見えるのですが。

渡部:前回は17層ありましたが、先ほどお話したように層内のドットピッチが100μmでした。

――2009年に発表されたものは、ギリギリ目のいい人なら見えたとかそういうことはないですか?

渡部:前のものは、目で見ても1個1個分解はできないですけど、強いライトを当てると全体が白っぽく、そこに何かあるなというのはわかったみたいです。

――2㎜厚ということは、一層あたりだいたい0.5㎜、っていう感じですか?

塩澤:いいえ。層同士の距離は数十μmです。

渡部:ドットピッチも記録領域も小さいので、肉眼では判別できないと思います。

塩澤:テストサンプルのため、全面に記録しているわけじゃないんです。

――これは普通にガラスを4枚貼り付けているわけですか?

塩澤:違います。1枚のガラスです。記録するときに、集光位置を変えています。

渡部:小さな板ガラスだと思ってください。

――あ、勘違いしていました。貼り合わせているんじゃないんだ。集光位置をこの2㎜の間で変えることによって記録しているわけですか。

渡部:1枚の均質な材料で出来ていることが丈夫なポイントなんです。

データの保存可能期間は3億年以上?

――再生装置として具体的にどういったものを考えてられているのですか?例えば光ディスクのドライブのように丸っこい形にするのか、昔のPDみたいなカートリッジに入れて再生する方式みたいなものを考えているとかありますか?

渡部:今回、低倍率の顕微鏡で、高い品質での再生が可能であることがわかりました。具体的な形態は未だ考えていませんが、実用化においても、低倍率の光学系をベースとして、媒体の移動もなるべくラフでいいようにすべきと考えています。遠い将来、再生機が再構築、つまりエミュレーション可能なものでないと恒久的な保存には向いていませんので。

――なるほど。それでは、記録装置の方ですが、例えば貴重な過去の文献をデジタル化して残しておきたいという話になったときに、国会図書館の中で記録できるくらいのものが簡単に提供されるわけでしょうか? すさまじいレーザーが出力されるわけですよね。そんな装置が簡単に作れて、国会図書館に置けるのかという疑問があるのですが。

塩澤:実際にどのようなビジネスにしていくかは検討中なんですけれども、最初はサービス業になるかなと思っております。

――と、言いますと?

塩澤:お客様からデータをお預かりして、それを弊社で記録してサンプルだけを納入する形ですね。従来の光ディスクのように、お客様の方で記録するものとは異なると考えています。

――記録としては1000年以上保持できるのでしょうか?

塩澤:加熱試験によって、耐熱性だけではなく、寿命も推定できます。光ディスクとか半導体の世界でよく使われているアレニウス法というのがありまして、簡単に申し上げますと、高温にさらしてわざと劣化を早めて、逆に室温で保管した場合はどれくらい保つのかという予測をする試験です。その結果、2009年に発表した記録だと、だいたい3億年ほどの寿命が期待できるということがわかっていました。

――3億年ですか。ああ、人類とは違う、何かが繁栄してそうですね(笑)。

渡部:これは、あくまで室温で保存した場合の期待寿命ですが。

塩澤:一方、今回発表したサンプルはそれよりも耐熱性が十分ありますので、少なくとも3億年以上は保つと考えられます。元々劣化を早めて、じゃあ逆に室温で保存したらどれくらい保ちますかという予測の仕方ですので、劣化しないと予測できないんですけど、今回まったく劣化していないので半永久的な寿命があると考えられます。

――これだけ長期間保存できるとメディアとしては最高ですよね。あとは容量です。2ミリ厚のところに4層じゃないですか。これをもっと分厚くすることによって、高容量の記録ができるんじゃないかと思うのですが、そういうことって可能なんですか?

塩澤:先ほどご説明したように層間の距離は数十μmですので、2mm全体を使えば、もっと多数の層を記録することが可能です。ただし深いところに記録する場合、記録するレンズの収差などの課題があります。

――そうすると、例えばペンダントの中に何百層も記録されて、ということは今のところはできないですね。

塩澤:収差を補正する手段はありますので、それを行えば10数層くらいは、品質を落とさずにいけるのではないかと思います。

――それは今の2ミリ厚のガラスで10数層いけるというわけですか?

塩澤:そうですね。

――このサンプルって結構質の高いガラスですよね。普通の窓枠に使うようなものとは……。

渡部:普通のガラスとは違います。不純物がすごく少ないガラスです。

――99.99とかそういう純度のものですか?

渡部:そうですね。ただ、石英ガラスとしては通常のもので、普通に売っています。SiO2以外はあまり入っていません。普通の板ガラスは金属不純物が入っていますけど、そういうのが少ない。だから耐熱性がすごく高くて、素材そのものが1700℃くらいまでは柔らかくならないんですよ。普通のガラスよりは耐熱度が高いのが特徴です。

――そうなんだ。昔の教会のステンドグラスって、年を経ることに重力に負けて溶けたようになるっていうのがあるうようなんですけど、石英ガラスはそういうことは起きないんですか。

渡部:石英ガラスは、通常のガラスに比べて堅いものですので、重力でゆがむほど大きくするなど、無理な保存方法をしなければ、変化は起こりにくいと思います。また、熱的にも化学的にも他のガラスより安定しています。例えば半導体を製造するクリーンルームの中では、で加熱炉の容器に使われています。そのほか科学用の高級なフラスコとか、ビーカーも石英ガラスが使われています。

――なるほど。今後これってどういうふうにしていきたいですか。ビジネスモデルを組み立てて、当然商売のことを考えていかないといけないですし、こういうところに来てとアピールされるのもいいと思うんですけど。やはり国会図書館とかですかね。

塩澤:光ディスクを置き換えるのではなく、共存するような形になるのかなと思います。どうしても後世に残すべき貴重なものだけを石英ガラスに記録する。容量の面ではまだデメリットがありますので、たくさん保存しておきたい場合や100年くらい保存しておけばいいものは光ディスクに残して、後世に残したいものだけをこちらに記録する。そういった住み分けになるのではないかと思います。

――これって1枚記録するのにお幾らくらいを想定しています? ドットを記録していくために高い出力のレーザーを使うことになり、電気代がまずかかるわけじゃないですか。一般的に考えると、永久に残しておきたいものは1枚あたり1万円くらいがベストかなと個人的には思うのですが。

渡部:まだ研究段階なので、具体的な値段は申し上げられませんが、少なくともレーザーによって、電気代が極端にかかるということはありません。

塩澤:一般的な商用電源で使えるようなものではあるんです。

渡部:パルスの幅が120×10-15秒ととんでもなく狭いので。電力はエネルギーを時間で割り算しますよね。わり算すると分母の時間がすごく少ないので計算上、ピークパワーがすごく大きくなります。平均パワーとしては小さいわけです。

――10数層まで記録することを考えるとなると、後はドットとドットの間の密度ですよね。将来的には何GBまでいくんですかね。

塩澤:DVD相当の密度ぐらいは狙いたいなと。容量はどれくらいの媒体のサイズにするかで決まります。DVDと同じサイズになれば4.7GB。

――とりあえず単位面積あたりであったら、DVDと同じくらいにしたいと。

塩澤:ええ、同じくらいにしたいなと。ただ、ドットとピッチはあくまで光学顕微鏡で読めるようにしたいというのがありますので、あまり縮めたくないなとは思います。

――光学顕微鏡で見えないくらい、ドットも小さいし密度もあるような状態というのは簡単にできるようなものなんですか。

塩澤:おそらく記録のほうはもう少しいけると思っています。しかし、例えば、今ドットピッチが2.8μmですけど、これが1μm以下になると再生するための低倍率の顕微鏡の分解能がついていけない可能性がありますので。

渡部:倍率の高い高級な顕微鏡だったら可視光でも1μm以下のものが見えますが、高倍率で再生できても意味がない。遠い将来でも再生機を簡単に再現でき、十分な品質を確保するためには、できるだけ低い倍率で再生すべきです。そのため、あまりむやみにピッチを狭くすることは得策ではないとおもいます。

――顕微鏡で見えるというのが一番重要なんですね。

渡部:低倍率の顕微鏡ですね。

――デジタルであるようでアナログなんですね。

塩澤:なるべく簡単な再生をするのが前提なので、そこは崩したくないですね。

渡部:そこのスタイルを崩してしまうと、遠い将来、大容量のデータの詰まった媒体はあるが、再生ができなくなってしまうということになりかねないので(笑)。

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