四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第106回
冨田勲「イーハトーヴ交響曲」世界初演公演インタビュー
電子音は自然の音だし、僕たちも自然現象なわけでしょう
2012年11月17日 18時00分更新
自分の気持がシンクロしていかないと、雑音なんですよ
―― 冨田さんの音楽は、シンセだけでなく、レコーディングの方法も含めてユニークだったと思います。「惑星」に出てくる地上との交信音なんかは、実際にトランシーバーで電波を飛ばして、そのノイズも含めて録音したんですよね?
冨田 あれはね、パピプペの音を作っておいて、カセットに入れて富士山の五合目から発信して、伊豆スカイラインを飛ばしながらトランシーバーで受けてるんです。そんな音がするでしょ?
―― 何でまたそんな面倒なことをしたんですか?
冨田 その方が、らしい音がするじゃないですか、宇宙との交信音のような。「惑星」は実況中継的音楽だと思っているんです。宇宙のどこかで行なわれていることを、どこかで中継しているという感じの音楽でしょ?
―― ええ、そうでした。宇宙探検の中継を見ているみたいな。
冨田 それをするにはスタッフ同士が、スタッフ同士が星の間で言い合っているみたいな、そういう音が欲しい。だったらどこかで電波を飛ばして、それをキャッチして使ってやろうと。あとで聞いたんだけれども、あの頃、電波法というのがものすごく厳しくて。あの辺は自衛隊の基地があるでしょ。絶対電波出しちゃいけないんだってね。しかも宇宙人の声みたいな「パポパポ」とかって。
―― うっかり受信して勘違いされると大変なことに……。 でも、ああいう手持ちのガジェットを使って、自分のイメージする音を作るという発想がすごく新鮮でした。すごい楽器や機材じゃなくてもいいんだっていう。
冨田 画家が絵を描くのに、決められた高価な絵の具じゃなくてもいいわけですよね。金粉であっても石炭ガラであっても、イメージに合えば。やっぱりワクワクしながらやっている仕事というのは、結果的にそれが出てくるんだよなぁ。自分がつまらないなと思ってやっていると、そういう音しか出てこない。僕も自分で作ったシンセサイザーの音を、その後、シンクラヴィアという便利な装置(シンセサイザー、サンプラー、シーケンサーなどを統合した電子楽器)が出てきたときにやってみたけれども、結局僕が出したレコードの最初の頃のドビュッシーの方が、キャラクターがあったなと思います。
写真:Jean-Bernard EMOND on Wikipedia
―― 70年代のアルバムは、今聴いてもアイデアが詰まっていて面白いです。
冨田 あの頃は苦労したんですよ。苦労したと言っても、その先が見えてるんだな。だから夢中になってやったんだね。だけど、あまりそれをやっていると迷路に入っていっちゃって、自分一人でやっていると、それがちゃんとした方向なのかどうなのか分からなくなっていく。その辺の調整が難しいですよね。
―― 当時、シンセサイザーを使って一人で音楽を作るという人は、ほとんどいなかったから、余計にそうでしょうね。
冨田 参考にするレコードもないんですよ。「スイッチト・オン・バッハ」ぐらいなもので。もっとすごい音が出るはずだと思うんだけど、もっと凄いってどういうことなんだろうと。自分の気持がシンクロして行かない。シンクロしないと雑音なんですよ。
―― そのパーソナルレコーディングの先駆者として、現在の音楽の状況は良い方向に進んでいると思われますか?
冨田 シンセサイザーというのは一つのまとまった楽器じゃないんですよね。それぞれの細かい部分が、枠に収まっているだけ。総合されてどういう音になるのか、それはモーグ博士もご存じない。それぞれの細かいモジュールを線でつないで、それで音を出すんだけれども、最初に出てくる音は全部雑音。ガーとかピーとか、不安定な音程で。それをうまく調教して。
―― 調教!
冨田 調教ですね。馬と同じだからね、モーグ・シンセサイザーというのは。やっぱり鞍の上に乗る人間がなめられると言うこと聞かない。本当にそうですよ。それで質問に戻ると、あの頃のシンセサイザーを扱う人間には特色があったんです。僕は自分の世界を描いたつもりだし、松武秀樹くんはYMOであの世界を作ったし、喜多郎はやっぱり彼の世界を描いたわけですよね。こういう違いというのはなくなってしまったのね。今は相当に凝った音が、ボタンを押すだけで出てくるから、自分で音を作っていく部分がなくなってしまったせいかなと思うんだけど。それだけ便利になって誰でも使えるようになった。だからそれを良いとするのか。僕はその特徴がなくなってしまったところが残念だと思います。
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