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四本淑三の「ミュージック・ギークス!」 第103回

技術と設計のプロが作ったオーディオブランド「Olasonic」

PCスピーカーに“革命”起こした、元ソニーのピュアオーディオ屋

2012年10月13日 12時00分更新

文● 四本淑三

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ピュアオーディオでも、PCのスピーカーでも
いい音はいい音で、悪い音は悪い音

―― ただ、PC用のスピーカーでこの値段ということで、いわゆるオーディオマニア層は目もくれないと思うんです。実際、僕がそうだったわけで、まったく申し訳ないんですが。

山本 ピュアオーディオであれ、PCのスピーカーであれ、いい音はいい音、悪い音は悪い音なわけです。100万円のスピーカー、1000万円のスピーカー、中には定評のある良いスピーカーもたくさんある。その中で誰が考えたってダントツにいいスピーカーを作るのは簡単じゃない。でも、PCスピーカーなら、やろうと思えばできるわけです。新しくOlasonicという自社ブランドを立ち上げるにあたって、いいものがたくさんあるところよりも、隙間が空いているところの方がやりやすい。「Olasonicは音がいいらしい」と言ってもらえるのは、そういう隙間だったからできたということです。

Olasonicは無名のブランド。「隙間が空いているところ」として、USBスピーカーにねらいをつけた

―― なぜ、よそのメーカーはやらなかったんでしょう?

山本 多くのPC用スピーカーは、デザイン図を描いて、あとは委託先に送り、ごく一般的なオペアンプをつなげば音は出るからと、それで終わりにしてしまうんですね。一方、ハイファイの人たちが何をやっているかというと、相変わらず大きなアンプを作っていて、小型スピーカーには関心を持っていない。なら我々は本気で小さいものを作ってみようと、それで始めたんです。

―― ところでソニーからこちらに移られたのはなぜですか?

山本 現会長とは昔から知り合いで「好きにやっていいから来ないか」というので。東和電子は20年前からある会社なので、私はまだ新入社員ですね。

―― ソニーの入社はいつ頃ですか?

山本 1973年です。私が入ったときからソニーは結構なブランドで、同じものだったらソニーのほうが売れるという、全世界的に見ても強いブランドでした。

山本さんは元ソニー、1973年入社組。ソニーのオーディオ黄金期を知る貴重な人物だ

―― どんな製品を手がけられましたか?

山本 ピュアオーディオですね。アンプとか、ミニコンポみたいなものもありますし。昔だったらテープレコーダーのようなものもやりました。ソニーではあらゆることをやってきたつもりですけど、新しいブランドを作ってみたかったんですね。ただ、東和電子には9月入社ですから、リーマン・ショックを連れてきたような感じになってしまったんですね。それまで設計の仕事は順調だったんですが、私が来たらダメになった(笑)。

―― でもそれ、社長の責任じゃないですよね。

山本 でもまあ、このままではダメだと。仕事がないんだったら、みんな技術はあるんだから、自社ブランドを作ろうよと。それでブレストをしているうちに、PCスピーカーをやってみようということになって、各社のPCスピーカーを買い集めて、こういう状況ならもっといいものが作れると。

※リーマン・ショックを連れてきた: いわゆるリーマン・ショックの発端となったリーマン・ブラザーズの連邦破産法第11章適用申請は2008年9月15日。山本さんが東和電子の社長になってすぐ、というタイミングだったらしい。

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