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「準天頂衛星」は宇宙ビジネス成功のカギとなるか?

日本の準天頂衛星は世界からの遅れを取り戻せるのか?

2012年08月24日 12時00分更新

文● 秋山文野

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準天頂衛星が結果を出すためには
日本は何をすべきか?

東京財団研究員、坂本規博氏。研究分野は宇宙政策、海洋政策、安全保障政策で、宇宙基本法フォローアップ協議会では「大震災における宇宙の貢献」というテーマで講演も行なっている

 準天頂衛星がシステムとして機能し、測位主権や経済効果といった結果を出すためには、これから何が必要なのだろうか。有識者の意見を聞いてみよう。

 衛星測位を使った産業の創出や実証実験の方向について、東京財団の坂本研究員は、調査や提言を担う組織が必要だという。宇宙基本法には「宇宙開発利用に関する施策のための総合的・一体的な推進のための行政組織のあり方の検討」を行なうとうたわれているものの、これまでそうした体制づくりは不十分だったという。宇宙戦略室が設置され、宇宙政策委員会が発足したことで、国家戦略を決定する組織の整備は進んだ。組織が機能するためには、国際情勢の情報を収集し、分析して、宇宙に関する政策課題の解決策を提案する専門的な機関「宇宙シンクタンク」の設立が必要というのが坂本研究員の持論だ。

 現在、実用準天頂衛星システムに関してそうした役割を担い準天頂衛星利用実証の主導や情報の取りまとめ、測位補強信号の技術開発などを行なっているのは「SPAC」(Satellite Positioning Research and Application Center,衛星測位利用推進センター)だが、「SPACは、2006年に民間が準天頂衛星計画から降りて、民間59社の出資により設立された新衛星ビジネス株式会社が2007年に解散になった際に、残った企業で引き継いで設立された組織。発展的解散して、機能を強化するべき」だという。

 海外との協力について提言するのは、東京海洋大学の安田明生教授だ。2012年の段階では、稼働中のGPS、Glonass、Compassなどを合わせると、アジア太平洋地域で利用できる測位衛星は80機弱。これが2020年には、130機を超えて、アジア太平洋地域は多数の測位衛星が利用できるかなりホットな地域になるという。この条件を活かして、「アジア・オセアニア地域で『マルチGNSSアジア』(Multi Global Navigation Satellite System ASIA)の利用を推進する枠組みを作るべき」というのだ。例えばiPhone 4Sは、GPSとGlonassという2つの測位衛星システムに対応しているが、ユーザーはどの測位衛星から信号を受信しているか、ということを意識せずに精度の高い位置情報を利用できる。これをもっと進めて、100機以上の衛星が最終的に1つのチップで受信できるようにして、高精度な位置情報サービスを享受できるようにしようという。

 懸念点は、アジア太平洋地域でまきこむべきGNSS提供国である中国がMGA構想に興味を示していないことだ。MGA参加機関に中国の大学が1校だけ入っているものの、独自にCompassを運用しようという色合いが強く、MGA向けに受信機や精度の情報などを積極的に開示する体制ではない。日本は、発展途上アジア地域の各国から技術者や留学生を受け入れ、MGAに対応できる技術者を養成することでMGAの存在感を高めていくことを提案している。

内閣府主導で「開発中心から利用中心へ」
宇宙産業の進化を目指す

 日本の組織の準備状況だが、この6月に内閣府設置法の一部が改正、日本の宇宙政策を決定する体制が整ってきた。これまで長らく日本の宇宙開発事業の審査や決定にあたってきた文科省下の宇宙開発委員会は廃止。宇宙基本法以後に内閣府に設置された宇宙戦略本部を宇宙戦略室に改組し、宇宙の産業化を進めている。

 今後の宇宙戦略室での方針では、GPSの補完、補強機能に加え、災害対応のための機能が盛り込まれる。具体的には、地上の受信機器と測位衛星との双方向メッセージ機能を検討中だという。地上の端末から準天頂衛星にメッセージを送ることで、災害時に被災者の位置を知らせたり、あるエリアに詳細な避難情報を送ることができるようになる。具体的な端末のイメージは不明で、スマートフォン程度のものになるのか、衛星携帯電話のようなものになるのか、まだ見えてはこない。が、インフラとしての準天頂衛星システムの機能の中に、安心・安全を盛り込むという方針そのものははっきりしており、その方向で開発が進むことは確かだ。

内閣府が作成した、準天頂衛星システムの平成24年度予算に関する説明。期待される効果として、「アジア太平洋地域への貢献」も含まれている

日米共同宣言で準天頂衛星を
多目的利用する文言が現れる

 今春は日米関係においても動きがあった。2012年5月の日米首脳会談で発表された共同宣言において、準天頂衛星を日米で複数の目的において相互利用していくという内容が盛り込まれた。北海道大学教授で国際政治学が専門の鈴木一人教授は、やはりアメリカの財政難が背景にあるとの解釈だ。

「アメリカは軍事費の削減を迫られており、これまで無料で提供してきたGPS信号をアメリカの費用負担で維持し続けることに異議が出るようになっています。そこで、日本と協力することで、日本からも資金協力をするということが想定されています。つまり、日本の準天頂はGPSなしでは成立しないのだから、日本も応分の負担をすべきだ、ということが重要なポイントになってきます」(鈴木氏)。この共同宣言での内容は、日米が準天頂衛星に対して資金と技術の分野で協力するという意味合いなのではないかと考えているという。

 また、GPSには軍用・民生両方で利用されているが「準天頂衛星には民生利用の信号しか搭載されていません。準天頂にもアメリカの軍事コードと同じ信号を乗せるということを意味するように見えますが、アメリカは軍事信号が対外的に流出することを禁止しているため、軍事信号の利用は考えられない。ただ、朝鮮半島や南シナ海など、アメリカが関心を持っている地域を準天頂はカバーしているので、何らかの形で利用することを考えているかもしれないが、どこまで利用できるかは不明」(鈴木氏)とも語る。

 確かに、準天頂衛星はあくまでアジア・オセアニア地域をカバーするものなので、アメリカにとっては目に見えるメリットはない。GPSありきのシステムなのだから、日本からも資金協力等をせよ、という主張をすることは十分考えられる話だ。内閣府の発表資料にも日米で相互協力していくという一文があるが、具体的な影響は今後を見守るしかない。

2012年4月30日の日米共同宣言。ホワイトハウスのWebサイトに全文掲載されており、その中に宇宙協力の一環として、複数の目的でのGPSとQZSSの相互運用と協力、という一文がある

準天頂衛星は宇宙ビジネスの隆盛時代へとみちびけるのか?

 いずれにしても、現状の準天頂衛星は、谷間に当たる時期だといえる。推進組織は発足したばかりで、また2機目以降の衛星の仕様策定もまだこれからで、来年打ち上がるといった状況ではない。各種補強信号形式の詳細もこれから決定……と、まだまだこれからの感がある。しかし、「G空間Expo」のブースで、屋内測位信号IMES対応製品を参考出展したメーカー担当者は「これから1年~1年半くらいの間が勝負」との発言をしており、着実に準天頂衛星の仕様を固め、整備を進めなければ存在感を示せないという推進側の焦りを随所で感じた。

 準天頂衛星は日本の重要なインフラ整備の役割を果たすもの。関係者はそのことをわかっているのだから着実にシステムを構築していけばよい、というものかもしれない。しかし、せっかくこれまでにない軌道で着実に運用しているという技術があるのだから、利用推進・普及や国際競争といった勝負でも勝ってほしい、というのが正直なところだ。日本の宇宙予算が右肩下がりで減る中ではあるが、準天頂衛星が着実に「宇宙産業にはリターンがある」ことを示してこそ、地球観測衛星や高速インターネット衛星、データ中継衛星といった数々の実用衛星が本当に実用になる道が開かれることになる。これからが日本の持つ宇宙技術と産業の力の見せどころなのだ。

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