ポピュラリティーとはなにか
―― 漫画家を諦めた佐久間さんは、なぜ佐藤さんの漫画が好きなんですか?
佐久間 グッときたから。
佐藤 あ、ありがとうございます……。
佐久間 僕は(手塚治虫の)「ブラック・ジャック」が好きだったから、それでたまたま「ブラックジャックによろしく」を目にして。最初は絵の感じに違和感があったけど、読んでいくうちにあっという間に引きこまれて。ストーリーももちろんだけど、一つ一つの絵、決めシーンみたいなところ。すごいパワーのある感じで、感動してしまう。それも案外、変なところでグッと来る。不意打ちな感じ。すごくいい映画を観ているのと同じような、なんでこんなところで泣いてるんだろうみたいに。
―― 不意打ち感ありますよね。「ブラよろ」で新生児の双子のお兄ちゃんが死んじゃうところなんか。佐藤さんの作品は理屈っぽいところがあって、そこで共鳴しているのかと勝手に思っていたんですが。

「ブラックジャックによろしく」第4巻より
©佐藤秀峰/漫画onWeb
佐久間 いや、僕は確かに理屈っぽいけど、そんなことはないよ。
佐藤 「描きたいものはないですか?」って編集さんに聞かれると、何でもいいですって。
―― あらっ、そうなんですか。テーマ性の強さも一貫していると思うんですが。
佐藤 描きたいものを描いても、編集部は載せてくれないんです。なので、載せてくれるものを言ってくださいと。与えられるテーマやジャンルみたいなものは何でも受け入れるので。その中に何か、こんな業界腐ってる! とかいう、自分の想いを込めていけばいいかなと思ってやっているんです。
―― なるほど。どんな業界でも似たように腐ってますからね、でも100万部売る作家には、100万人の読者がいるわけで、佐藤さんくらいならネームバリューで勝負できるんじゃないかと思うんですけど。
佐藤 僕はけっこう商業主義的というか、あまりコアなファンがいないんですよ。僕より部数が出ていない人でも、サイン会をやれば1000人くらい並ぶような作家さんもいると思うんです。僕は薄くなんとなく知られてはいるけど、100人は集まらない、みたいな。もっと人間の深いところを描いている作家さんはいるし、そういう人から見ると、僕は本物じゃない作家という位置なのかなと思います。
佐久間 それがポピュラーということなんですよ。音楽でも同じだと思うんです。ポピュラーな音楽というのは、純粋にいい曲だと思っても、その感動が作家に結びつくわけではない。でもコアな音楽はアーティストと切り離せない。それは売れる量とは関係のない問題なんじゃないかな。僕が最初に「ブラックジャックによろしく」を読んでいいと思ったのは、それなんじゃないかなと。
―― そういう普遍性を得た作品でありつつも、なかなか当たり前には進まず、読者を裏切るのが佐藤さんの漫画の面白いところだと思うんです。
佐藤 お医者さんが患者さんを助けて、皆感動して泣くような話は、何かあざとい感じがするんです。なので、ちょっとだけ、ずらしたくなる。お兄ちゃんが死ぬ、助けないという、そういう残酷さはちゃんと入れておきたかったんです。
―― でも、そこは編集者的にはやめてほしいところだったり。
佐藤 殺す必要もないものを、なぜ殺すかという話になってしまうので。皆を感動して泣かせれば、もっと売れるかもしれないし、よりポピュラーと言われるものになるんじゃないかって。でも、やっぱり毒がないと、どこにもフックがなくなっちゃうので、誰の心にも残らないし、次に買ってもらえなくなる、という話になっちゃうんですね。

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