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Winnyの金子氏が夢見る次世代高速ネットの世界

2012年08月07日 12時00分更新

文● 美和正臣

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日本発の高速転送プロトコルを世界に広げたい!

――でも、どんどん優秀な方が出てくるっていうのはうれしいですよね。

金子:こっちは動けないですからね。歳が歳ですし、裁判で7年間ロスしちゃっているわけだから。

――もうそんなに時間が経ってしまいましたか。裁判の始まりって、2004年でしたよね。

金子:そうそう。Winnyの開発が始まったのが2002年4月です。Winny1が2002~2003年、2004年にWinny2を作ってたときに京都府警の方がいらっしゃって、騒ぎになったわけです。

――でも、後に続く人が出てきてよかったですよね。

金子:今はこの業界、若い人のほうが優秀ってわかっているんだから、歳を食ったら極力邪魔しないようにしないと(笑)。

――じゃあ、今はご隠居みたいになっているんですか?

金子:会社ではご隠居状態だけど、そこにいくと私は好き勝手やってます(笑)。ソフトウェア業界というのは、別にみんなでワイワイやっていれば作れるもんでなくて、作れる人がガーンと作っていくという状態になりやすいんですよ。逆に言えば、各自がプロジェクトをやっているのだから邪魔しないようにする。協力したほうがいいところは協力するし、自分でやったほうがいいところは各自で独立してやるっていうのが望ましいですね。

――普通のソフトウェアベンダーはそういう方式なんですか。

金子:いや、各社それぞれじゃないですか。ウチはどちらかっていうと完璧に少数精鋭派なんで。

明石:そうですね。どちらかというとソフトウェア業界って、フレームワークの中身がわかっていなくても開発できるソフトウェアが増えてきているので……。金子さんと一緒にやっていけるウチのエンジニアって、ある程度OSのことだとかカーネルのことだとか、深いレイヤーのところをしっかり理解していて、かつWebをどう使っていくのかっていう両方がわかる人間です。そうじゃないと一緒に開発していけないですからね。

金子:SkeedSilverBulletもそうですけど、独自プロトコルを作っちゃうのが基本ですから。それぐらいできないとウチではやっていけませんね。

――この独自プロトコルってところがある意味「すごい!」と思ってしまうんですが。

金子:業界的にはあまり独自プロトコルは誉められたものじゃないんですけどね。できるだけ「標準を守れ」って話が普通ですけど、でもその範囲内でできることって限られてるわけです。この業界、やろうと思ったらほじくり返さないとダメなんですよ。私も大学のとき、気がつくとOSをいじくっていましたから。いじくりたくっていじくっているのではなくて、やらないと動けないから、しょうがないからやるわけですね。ある程度のレベルにいくと、そうなるんですよ。結局、いじくらないとできないこといっぱいありますから。で、柳澤くんが「TCPが問題」と言い出したのは、レイヤー4に問題があると見越したわけですね。だから新しいプロトコルを「自分で作るんだ」と決めたわけです。

――InteropでSilverBulletのデモを見た人の書き込みとかを見ていると「TCPはもうオワコンだね」という意見もありましたよ。

金子:本当にTCPがボトルネックなんですよ。みなさんあまり気付いていないですけど、SilverBulletで動作させてみると楽勝で10倍くらいの通信速度が出るんですよ。ヘタすると100倍くらい出ますから。

明石:都内の近いところ同士の通信だとそんなにTCPとかと変わりません。でも例えば東北と東京間で通信すると、FTPやTCP系より10倍以上の速度が出たりします。今、首都圏に一極集中していたデータセンターがどんどん国内の地方に広がっていますよね。今まで首都圏に一極集中していたので、あまり通信速度の問題って気付かなかったわけです。でも、データセンターが北海道、沖縄、山陰とかに移ると、TCPだと「あれ? どうしちゃったの?」ってくらいスピードが出ない。だからこの製品を使ってリカバリーのソリューションにしたいとか、そういう話がよく出てくるようになってきました。われわれは海外との通信だけではなく、これから国内でもますます必要とされてくるだろうなと思いますね。

同社がSilverBulletを導入した際にどれくらいの速度差が出るのか計測した結果。最大70倍ほど異なるという

――そういえば、データホテルさんと一緒に事業をされるという発表がありましたが、資料を見てみるとニフティやアマゾンにも対応するのですね。

明石:ニフティクラウドとアマゾンWebサービスのところにそのままうちの製品を入れていただければ、本当にシームレスにストレージとかを面倒なく使えるようになります。ちなみに当社のテストですと、都内にあるアマゾンさんの「S3」に数百GBのデータを上げるのに28倍、アメリカだと40倍の速度差が出ます。

――東京で28倍! それは相当違いますね!

金子:本当にTCPは遅いんですよ。何が起きているかというと、すごく太い土管が張られているにも関わらず、水がチョロチョロっとしか流れていない状況を思い浮かべてもらえばいい。

明石:使われていないんですよ。せっかくネットワークがあるのに使えてないっていう状況です。

金子:突き詰めるとTCPのせいなんですよ。結局は。

――RFCかなんかで「俺たちの技術を入れろよ!」とやってみたりはしないんですか?

金子:実はそういう研究はいろいろやられてるんですよ。TCPスタックはどこに実装されているかというと、OSの一部分としてですよね。OSとかが「これを採用しよう」と目をつけてくれて、みんなが採用しなければダメだから、使われるとしたら数年かかるわけです。でも、今現在困ってらっしゃる方々がいるわけです。OSでサポートしなくてもTCPに代わるプロトコルに対応したアプリケーションを使えば、今すぐ改善できるわけです。だから私たちがやっているわけで、土管が太いことに気づいてしまうと誰からともなく「これ問題だからどうにかしろよ!」と言いだして、多分OSのほうが対応し始めます。逆に言えば、私たちとしては商売としては今が重要だと思っているんですよ。

SilverBulletを導入することにより、高速にデータの同期などが可能となる(同社の資料より引用)

――今、企業向けで製品を出しているわけですよね。たとえばDropboxみたいにエンドユーザー向けのサービスに展開するって話もあるとは思うのですが。

明石:われわれがやってきてまず驚いたのが、みんな本当にTCPの限界のことについて知らないということです。知ってるのは一部の映像業界の人ぐらい。映像業界は昔から海外とのやりとりで悩んでるのは知っていたのですが、製造業、金融系もこの問題を知らない。今、ハイパフォーマンスコンピューティングの分野が、クラウドにすごい勢いで移行しています。たとえば、今まで社内にオンプレミスのくそ高いハイパフォーマンスサーバーを買ってきて管理していましたが、最近では、HadoopやMapReduceといった多数のノードで高速並列処理ができるオープンソースの技術が商用ベースで急速に普及してきています。分散コンピューティングでクラウド上で処理できるようになったわけですね。でも処理は速く安くなったけれど、巨大なデータをクラウドに上げていくのに時間がかかるんですよ。いくらコストが下がっても、ここに何時間もかかっていると実用に耐えない。データの上げ下げのところにこのSilverBulletを使えば解決できます。

それからマイグレーションですね。オンプレミスをクラウドに移行すると、データベースも含めてかなりの容量になるので、年末やGWの業務が停止している期間中にドーンと上げる。これはファイルサーバーの統合なんかも同じですね。クラウドに持っていくのはいいのだけど、持っていくときに巨大なデータを早く安全に、そして確実に上げるというのが今のTCPだと全然うまくいかないんですね。

で、3つ目がクラウドストレージなんですよ。これは2種類あって、B2B向けのものと、まさにDropboxのようなB2C向けのものがあります。ここも技術的にはコンシューマライゼーションの流れなので、B2Cから起きたものがB2Bに来ていて、ここはすごくチャンスだと思ってますね。データセンターの“cloud file sharing and collaboration”というジャンルがアメリカではセグメントし始められているので、これも間違いなくデータ転送速度を上げたいというニーズが来る要因になるはずです。ただそこまでいくときには、高速ファイル転送だけじゃなくて、Winnyから来てる分散系との組み合わせがソリューションになってくると予想しています。

金子:うちはクラウド屋じゃないんだけど、基本的にやってることは変わらないんですよ。サーバー側に分散P2Pをおいてそれを配信するって、それって今で言うところのクラウドじゃんと。

明石:Skeedは分散P2P系と高速データ転送というふたつのジャンルの製品を持っていますが、これを融合させたソリューションが生まれたほうが、そういった分野にいいのではないかと思います。

――そこまで言うということは、当然、製品は考えているわけですよね。

金子:ええ、今やっているわけです。

明石:われわれ自身がDropboxみたいなサービスをやるというよりは、そういうことをやりたい人がどんどん出て来ると読んでいます。アマゾン「S3」みたいなものが当たり前になったことで、若い人たちがそういう事業をどんどんできる世の中になってきている。そういう時にわれわれの技術と一緒に組んで、新たなサービスをやっていただきたい。今、世の中にこれだけデータ転送が速く、帯域制限も含めて調整できるツールっていうのはありませんから、どんどんご採用していただいて、むしろこの技術が世の中にどんどん広がっていって、今までできなかったこととか、せっかく太い回線があるのに使い切れてないとか、そういうのを解決したいわけです。

――日本企業でこういうことをやってるところってあまりないですよね。

明石:そうですね。大手のメーカーさんとか研究所などが一部やられてたりしてますけど。日本はとくに国土が狭かったということと、ブロードバンドの発達が異常に早かったのでそういうニーズは少なかったわけです。首都圏にデータセンターを一極集中させたのが異常って言われていたのですが、TCPの限界に気づいていなかった。この2年、2つの理由で大きく変わりました。1つは3.11以降で分散させていかないとまずいよねっていうところで、地方や海外のデータセンターをバックアップに使うようになりました。2つ目は、クラウドのグローバルへのシフトで、今まではどちらかというとデータセンターは地域に密着したものだったのですが、一気に世界にあるものになりました。さっき言ったクラウドストレージとかDropboxもそうですけど、そういうものを企業が使うようになってきて、今まで気づかなかった距離の問題だとか、回線品質があまり安定していない中で、いかに確実にデータを届けるかというのが重要になってきたわけですね。ということで、われわれの今年のキャッチフレーズは「クラウドの真の価値をその手に」というものです。

――お、かっこいいですね!

明石:かっこいいですか?(笑) 頑張って考えたので、そう言われるとうれしいですね(笑)。クラウドが広がってきてみんな役に立つようになってきたのですが、データの上げ下げの問題を解決できないと、その真価が発揮されません。その媒介になるようなソリューションを提供するわけです。

――そういうのって日本発で決めたいですね。今のところ、目立つものはみんな欧米ですからね。

明石:そうですね。

金子:地道にいいものを作っていけば広まっていくと思いますよ。

明石:そういう意味で、われわれは高速データ転送だけじゃなくてクラウドが基盤になってるような要素技術製品をいっぱい持っています。高速データ転送が急速に市場のニーズに立ち上がっていく中で、われわれのポジションを築いて、その中で欧米に押されっぱなしではなくて日本から生まれてくるイノベーションというものを世界に広げていきたいなと思っているわけです。

金子:SkeedSilverBulletも5年後、10年後ならば当たり前になっていくと思っているのですけど、今は認知されていないし、逆にいえばビジネスチャンスだと思っています。

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