長く使うほどに味わいの出る木材
愛用したい製品には欠かせないポイント
続いては、ハウジングに「アフリカンパドック」という木材を使用した「ATH-ESW9」(実売価格2万7000円前後)を例に、素材を吟味することについて、もう少し踏み込んで聞いていこう。
インイヤータイプは音への影響はあまり大きくはないと書いたが、オーバーヘッド型のハウジングとなるとサイズも大きくなり、素材の差が出てくるのではないだろうか。
小澤:「ハウジングの木材は、塗装によってある程度は埋まっていますが、金属や樹脂に比べれば空気の抜けるすき間があり、これが音の差になりますね。ATH-CKM1000にもバッフル面に穴を空けて空気圧を制御していますが、振動板を動きやすくすることは重要です」
木材は音の響きのよさというより、空気が抜けやすいことが自然でのびのびとした音色につながるというわけだ。ハウジング内の空気というのは完全に密閉された状態ではバネのような弾力性があり、振動板の動きを邪魔してしまう。空気のバネに振動板が負けてしまうと、歪みが増えるそうだ。
小澤:「歪みというのは何もかもが悪いというわけではなく、歪みによってはある方が音のエッジが立ったり、心地よい音に感じることもあります。しかし、オーディオテクニカでは、そういった歪みは音楽本来が持つものではないので、気にならないようにしています。良いソースも悪いソースもうまく鳴らすのではなく、いいソースをよりよく再現する方向です」
これは、高級モデルだけの話ではなく、身近な価格のモデルでも同じポリシーで音作りがされているとのことだ。オーディオテクニカのようにラインナップが多いと、他社のようにシリーズや価格帯で音のキャラクターが変わっていてもいいと思うのだが、同社の場合は不思議なくらい音の傾向が一緒だ。
ユーザーにとっては安心感があるし、安価でもいいものを選びたいと思ったときには、オーディオテクニカを候補にしたいと思うだろう。素材の選定だけでも、そういったポリシーがしっかりと根付いているのは、オーディオテクニカの人気の理由のひとつと言えそうだ。
なお、自然素材である木材は、製品に採用するにはやっかいな面もあるようだ。夏に伐採したものと冬のそれでは木目のつまり方が違っていて、対策のためには湿度を調整して材料を管理するなど、扱いも手間がかかるそうだ。
木目が製品によって変わっているのも、最近はクレームとなることも多いらしい。それとは逆に、木目が気に入っているので「交換ではなく補修してほしい」という難しい注文もあるとか。
このほか、木材や金属は経年劣化に強い点も有利だそうだ。樹脂は整髪剤などの脂成分に弱いため、長く使っていると残念な見た目になりやすいが、木材や金属では長く使うほど独特の味わいが出るという。高級モデルでこれらの素材がよく採用されるのも、こうした長く愛用できることが理由なのだろう。
小澤:「ヘッドホンは音楽を聴く道具であるだけでなく、身につけるものでもあります。ですから、美しいものを作っていきたいですね。いい音であり、使うほどに愛着がわくような製品づくりもこれからも続けていきます」
新技術や新素材を使いこなす苦労を実感
今回紹介したヘッドホンメーカー3社の最新技術は、いずれも独自のポリシーを感じる。市場に出ている多くの製品は、どれも音の良さやデザインや質感などを追求して、多くの人が苦労して開発していることもよくわかる。
正直なところ、目を引く要素である新技術や新素材そのものよりも、それをうまく使いこなすための苦労の方が強く印象に残った。
自分の使うヘッドホンも、こうした多くの人がたくさんの素材を吟味し、さまざまな工夫して生み出されているとわかれば、ヘッドホンへの愛着もより深まるだろう。
さて、次回は多くの人が愛好しているヘッドホンの有名ブランドを選りすぐり、ヘッドホンの魅力に迫っていく。ますますヘッドホンが好きになれる話が満載なので、乞うご期待。
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