Avalanche3Dの出荷で
Vaporwareの汚名をそそぐ
これを受けてBitBoysは方針転換。Glaze3Dをベースに「AXE」と呼ぶ新テクノロジーによる、DirectX 8.1対応のグラフィックスコアの開発を決める。新テクノロジーといっても基本的にXBAから大きく変わったわけではなく、XBAをベースにDirectX 8.1対応としたのがAXE、と考えればよい。
AXEではエンベデッドDRAMを12MBに増量。内部バスは1024bit幅に拡充され、最大8億ピクセル/秒のフィルレート、5000万頂点/秒の頂点計算能力を目指した。この数字は、例えば2002年にNVIDIAがリリースした「GeForce 4 Ti 4600」の場合、フィルレートが48億ピクセル/秒、頂点計算が1億4600万頂点/秒といった数字なので、これに比べるとだいぶ見劣りするのは事実だ。
それでもBitBoysは、AXEを「Avalanche3D」という名称で完成させ、これを搭載したグラフィックスカードを、2001年のクリスマスシーズンに市場投入することに成功する。
BitBoysはGlaze3Dでだいぶ苦労したこともあってか、Avalanche3Dでは驚くほどスムーズに開発が進んだ。例えば配線配置をInfineonのデザインサポートに委託したのも、そのひとつであった。だが、先に述べた通り性能面ではライバルにだいぶ遅れを取っており、これもあって商業的には成功したとは言いがたい。ただ同社はGlaze3Dを1998年からアナウンスしていたのに、これが結局出荷されなかったために「Vaporware」(実体のない製品)呼ばわりされるようになっていた。Avalanche3Dの出荷は、こうした声を幾分なりとも弱める働きをしたのは事実だ。
ATI~クアルコムへと買収
適当なチップ設計者の不在が失敗の元
ところがBitBoysには新たな試練がやってきた。Infineonは当時DRAM部門を抱えていたが、低迷するDRAM価格に引きずられる形で業績が悪化。やむなくエンベデッドDRAM部門を廃止する決定をする。この決定はエンベデッドDRAMをメインに据えたXBAやAXEといったアーキテクチャーにとって、致命的な打撃となった。
そこでBitBoysは新たに、「Hammer」というアーキテクチャーの開発を決定する。これはDirectX 9をベースに、エンベデッドDRAMを使わないコンサバティブなメモリーシステムで高性能を狙おう、というものであった。ただHammerの設計の途中で、同社は資金の枯渇に見舞われる。倒産は免れたものの、BitBoysはPC向けのハイエンドグラフィックス市場から撤退し、携帯機器向けにグラフィックスコアをIPの形で提供するビジネスに転換する。
2006年にBitBoysはATI Technologiesに買収され、BitBoysが提供していたグラフィックIPは、「Imageon」という名前でクアルコムを始めとする携帯電話メーカーに広く利用されるようになる。そのATIはAMDに買収され、AMDは方針を転換。ImageonのIPをクアルコムに2009年に売却してしまい、この際にBitBoysからの開発メンバーも、そのままクアルコムに移籍した。
何が悪かったかといえば、やはり「Glaze3Dが完成しなかった」のが致命傷だった。だがそれ以前の問題として、チップの開発経験者が根本的に不足していたのが、BitBoys最大の問題であった。元々Future Crewは、ソフトウェアエンジニアとグラフィッカー/音楽家の集団であった。だからBitBoysはもっぱら、ソフトウェアエンジニアが集まって立ち上がったわけだが、アーキテクチャーを考えることはできても、そのままチップが作れるわけではない。
筆者が耳にした話では、そもそもVHDL(ハードウェア記述言語の一種)を書ける人間が非常に少なく、そのためGlaze3DではCでアルゴリズムを記述し、それを半分手作業でVHDLに変換してから設計ツールに入力する、といったことが行なわれていたらしい。今でこそハードウェア記述言語の「『SystemC』を使っての一貫設計」という話もあるが、当時のBitBoysの設計手法はそれ以前のレベルである。
むしろこれでチップができた方が不思議で、TR25200シリーズの設計時には、VLSI Solutionsの担当者は随分大変だったんだろうな……という感想を抱くほどに無茶な話である。要するに設計チームに集めた人の方向性が間違っていたというか、まともなチップ設計者を集められなかったのが、Glaze3Dを黒歴史入りさせた最大の理由であろう。
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