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最新ユーザー事例探求 第22回

大震災での事業継続に悩みぬいた社長が語るBCPへの思い

従業員の安全と供給責任を満たす大成ファインの「魂のBCP」

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インクや塗料用のアクリル樹脂を手がける大成ファインケミカルは、2011年3月の東日本大震災を機にBCP(Business Continuity Plan)を策定し直した。社内安否確認システムの導入やオフィスの耐震対策、サーバーのハウジングなど、さまざまな施策の背後にある思いやコンセプトについて同社の稲生社長に聞いた。

従業員の安全と事業継続を天秤に

 大成ファインケミカルが製造しているアクリル樹脂は、電子材料やコーティング、化粧品材料など幅広い場面で利用されている。大成ファインケミカル 代表取締役社長 稲生豊人氏は、「大手メーカーが作らないような少量品種や特殊用途の樹脂を製造しています。極端にいえば、世界で当社の設備でしか作ることができない商品です。直接のお客さんは国内だけなのですが、裾野を考えるとグローバルにユーザーがおります」とオンリーワンのビジネスであると説明した。

大成ファインケミカル 代表取締役社長 稲生豊人氏

 しかし、オンリーワンの事業であるがゆえ、災害などで操業停止に陥ってしまうと、顧客である化学・工業製品のメーカーのサプライチェーンに大きな影響を与えてしまう。そして実際2011年3月11日の東日本大震災により、同社は夜間稼働を1ヶ月停止せざるをえない状態に陥った。東京都葛飾区にある東京営業所と千葉県旭市の旭工場で製造設備の一部が故障。また、通信が遮断したことで、地震発生直後は旭工場の従業員の安否や在庫状況が確認できなくなったのだ。「午後3時頃に地震が起こり、旭工場長の判断で従業員を自宅に帰しました。しかし、津波が5時に沿岸部を襲い、帰らせた従業員の安否がわからなくなってしまったんです。帰してしまったがために、津波に飲まれてしまったのかもしれないという危惧もありました。とにかく従業員の安否で頭がいっぱいでした」(稲生氏)。

 BCP未整備の営業所では帰宅困難者も発生し、水も食料もガソリンもない状態。幸い、従業員とその家族に被害はなかったが、工場の設備は一部破損。地震直後は操業に必要な電力供給が安定しない状況が続いた。取引先からは早急な復旧を求められていたが、工場では危険物を取り扱っており、同社は従業員の安全を優先し、1ヶ月の夜間稼働停止を決断したのだ。

 このように事業継続か、従業員の安全か、苦渋の選択をした稲生社長は、会社経営の原点や経営リソースの価値を改めて痛感したという。「私も含め、多くの経営者は人、モノ、金、情報といった経営リソースを瞬時に失うことを想定していません。しかし、地震を通じて、経営リソースを見つめ直し、原点に返れた気がします」(稲生氏)。こうして操業停止を解除し、事業を再開する中、稲生氏は社内に管理職だけではなく現場を巻き込んだBCPプロジェクトを立ち上げる。

震度6強前提で人命最優先の計画

 とかくBCPプロジェクトは目標を高く掲げすぎ、頓挫することも多い。しかし、同社のBCPプロジェクトは震災のような災害を想定リスクとし、人、モノ、金、情報などの経営リソースを失った場合のインパクトを評価。それぞれに優先度を付け、できるところから対策を施しているのが特徴だ。

 まずリスクとしては、震災BCPとして震度6強を想定し、代替生産拠点が持てないこと、復旧に時間がかかると取引自体がなくなるという2点を掲げた。その上で、人員、設備、原料、物流などの被害を想定し、目標復旧時間を1ヶ月で60%と設定した。稲生氏は、「事業は人、モノ、金、情報など、どれか1つが欠けても継続できません。ですからすべてをバランスよくやらないと、BCPといえないと思うんです」というBCPの根底にある思想についてこう語る。

 そして、これを実現するために予防・被害の低減、事業継続の対策が打たれ、文書や演習・訓練などで計画を担保。経営計画や内部監査項目に盛り込み、絵に描いた餅にならないようにした。このうち「金」に関してはリーマンショック後にすでに準備していた部分もあり、今回は人、モノ(設備)、情報に関してそれぞれ対策が施された。

データセンターへのハウジングにともない高速なVPNも整備された

 具体策は、総務グループ グループ長の籾山裕之氏をはじめとしたBCPプロジェクトが立案し、稲生氏は「私はGOしか言っていませんよ(笑)」と語る。しかし、実際はこのGOには、自社でやるべきかどうかの大きな基準が含まれている。「我が社がやることで、付加価値を生むか、社会貢献できるかを考えました」(稲生氏)とのことで、後述するITのアウトソーシングに関しては明確な判断基準があった。

 このうち、もっとも高い優先度として据えたのは、人命の尊重だ。これは従業員の安否確認にとまどった稲生氏の経営者としての反省が色濃く反映されている。「とにかく人は絶対守らなければならないと思いました。人がいれば、人命救助でも、設備の復旧でも、非常時での対応でも、次の策がとれます」(稲生氏)とのことで、グループウェア導入や住所録や居住マップの整備、津波を想定した避難経路や場所の設定など、二重三重の安否確認の仕組みが導入されている。具体的な施策を検討した籾山氏は、「もともとグループウェアで情報共有したいというニーズはありました。災害時、メールやケータイが使えなかったので、インターネットでの安否確認ができるようにしました」と語る。

大成ファインケミカル 総務グループ グループ長の籾山裕之氏

 また、事業継続のために必須となる「設備」に関しては、工場に480KWの自家発電機、各事業所に通信端末用の小型発電機を導入。原材料の漏えいの影響を防ぐための希釈設備や油水分離装置など被害を低減させるための施策も進められた。

 そして、ITシステムをはじめとする情報に関しては「複雑な製造工程を制御するシステムや過去の履歴や温度コントロールなどのデータがなくなると、ビジネスに大きな影響が出ます」(稲生氏)とのことで、サーバーのハウジングを実施した。

移行前と移行後のシステム構成図

 具体的には、富士通マーケティングがシステム設計を支援し、大崎コンピュータエンヂニアリングのデータセンターにファイルサーバーやドメインコントローラーなどを移行した。「ちょうどサーバーの入れ替えを検討していたので、BCP対策とセキュリティを考えたハウジングを選択しました」(籾山氏)。インターネット接続をデータセンター経由に変え、プロキシサーバーやUTM、ウイルス対策サーバーなどを導入し、セキュリティを大きく強化した。

 富士通マーケティングの土岐沢貴行氏は、「BCPに関しては以前から検討されており、サーバーなどを工場に集約するとか、工場と営業所に分散させるとか、いろいろな案がありました。震災以降のお客様とのヒアリングの中で、BCP対策に効果的なハウジングが最適という話に落ち着いたんです」と話す。大成ファインケミカルの籾山氏も「提案から構築まで2ヶ月という短期間で仕上げてもらいました」と、スピーディな構築に対して高く評価。震災からネットワークやデータを守るインフラが整備された。

富士通マーケティング ビジネスパートナー本部 東京ビジネスパートナー統括営業部 第三営業部 土岐沢貴行氏

たった1つの施策が従業員の命を救った

 IT関連のBCP施策でユニークなのは、システムの移行に関する費用が3社のプレスリリースにまで明記されている点だ。ハードウェア、ソフトウェア、環境構築まで含めて400万円をかけ、運用コストは、従来とほぼ同額の7万円/月になった。

 BCPというと、こうしたコスト面での壁が大きい。しかし、稲生氏は「原材料の価格変動、テロ、為替リスク、そして自然災害など、リスクの変動幅が増えています。こうしたリスクに対し、既定の事業計画に1~2割くらいのコストを割けるかどうか。ここが経営者の判断だと思っています」と考える。今回は東京都の支援事業を活用したほか、固定費の余剰部分をうまく工面し、可能な限りのBCPに取り組んだ。

 一方で、BCPは守りではなく、攻めの部分もあり、投資対効果をきちんと得られると語る。稲生氏は「最近はBCPの有無が、取引条件になりつつあります。BCPをきちんとやったほうが、受注増につながりやすくなるんです」とアピールする。さらに大成化工グループ内での連携も進んだほか、2012年の東京都中小企業BCP策定支援事業で最優秀賞を受賞し、対外的なメリットも大きかったという。

 稲生氏にBCPを検討している企業へのアドバイスを伺うと、「できることから始めること」という答えが返ってきた。実は、震災の4日前の3月7日、同社は製品倉庫のドラム棚に落下防止を設置した。そして、この落下防止が震災当日、一人の従業員の命を救ったのだ。稲生氏は、「お恥ずかしながら、震災前の3年間でやったBCPは、これだけだったんです。でも本当にやっておいてよかったと思いました」と語る。「まずできること」の積み上げとトップの熱意が、まさに「魂のこもったBCP」を作り上げたわけだ。

 今後は基幹システムのハウジングを進めるほか、水害やインフルエンザを想定したBCP構築を目指す。「できることから、こつこつと」という、同社のBCPの進化は今後も止まらない。

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