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百家争鳴!ビッグデータの価値を探る 第4回

捨てていたデータを宝の山にする試行錯誤が未来を拓く

“常識を覆す迅速な仮説検証へ”JR東WBが考えるビッグデータ

2012年05月10日 09時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

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営業部門がデータ解析の主導権をとる

 経営陣ともどもデータ解析の有効性を実証した同社は、プロジェクトの再編も行なった。ここでユニークなのは、データ解析に関わるメンバーをすべて営業担当者を中心に社内調達したことだ。「社内ではけっこう議論になりました。外部のITベンダーやコンサルのような人にデータを渡して、解析してもらったほうが速いとか、ITに強いシステム部門に解析に強い人間を集めようといった意見が出ました。でも、最終的にはそれらの案を止めました。営業施策を立案している担当に直接ツールを使って解析をやってもらうことにしたんです」と笹川氏は語る。シンプルに言えば、「営業はプロだけど、データ解析は素人」という人たちで、プロジェクトを進めたということだ。

「解析のプロではなく、営業マンに直接解析をやってもらったんです」(笹川氏)

 この理由は明確で、データがあっても仮説の設定や検証ができないからである。集まったデータをどうやって解析し、どのようなアウトプットを出すのかという知見がないと、効率的なデータ解析は難しいと踏んだわけだ。「実際、使いこなせるかわかりませんという担当もいましたし、(操作の習熟に)時間がかかるのはわかっていました。でも、『夕方に男性が甘いモノを飲む』という仮説は、営業担当じゃないと出てこないでしょう。ITベンダーに頼んでも、時間別、属性分析、商品カテゴリー構成比の3つのグラフが出てきて終わり。そこから仮説の検証にまでは至らないと思ったんです」(笹川氏)という。

 その後、半年以上を経ているが、結果としてこの施策は当たったと笹川氏は振り返る。営業担当者が1つの現象からさまざまな仮説を検証し、商品の入れ替えや新商品の開発につなげられているからだ。「ツールの導入により、圧倒的な分析の高速化が実現したので、気軽にトライ&エラーができるようになりました」(笹川氏)という点も非常に大きかった。

データ解析がビジネスのやり方を変える

 こうしたトライ&エラーの結果が、夕方の小腹満たし需要を見込んだ「おやつ飲料」や冒頭に説明した新しいフロムアクアだ。

落ちないキャップを採用した新しいフロムアクア

 特にフロムアクアは、同社が国鉄時代の「大清水」から育ててきた自社ブランドで、競争の激しいミネラルウォーター市場でも勝ち残れる商品に育てるという命題があった。そこでフロムアクアのリニューアルプロジェクトと、前述した情報解析プロジェクトが連携し、生まれたのが「落ちないキャップ」や「清涼感のあるパッケージ」というわけだ。POSデータでは、「フロムアクアは朝売れる。深夜は男性比率が上がる」「他ジャンルに比べ、女性比率が高く潜在購買力がある」「リピートより衝動買いが多い」「郊外居住者が電車に乗る前に購入している」などのデータが得られた。「こうしたデータ解析に加えて、今回はアンケートも実施し、仮説を補強するようにしました。これでフロムアクアの施策に確信が持てたんです」(笹川氏)という。

移動飲用するミネラルウォーターのキャップとデザインにある

 また、こうしたデータ解析の副産物として笹川氏は、飲料メーカーとの取引が変わったことを挙げた。「われわれが具体的なデータを出せるようになったので、メーカーもこちらの要求により的確に高いレベルで答えてくれるようになりました」とのこと。前述したおやつ飲料のニーズに適切な商品企画を提案してくれたり、エキナカ用に小さいサイズの商品を開発してくれるメーカーもあり、効果を実感しているという。

SNSやWebの情報は必要なのか?

 さて、ビッグデータといえばSNSやリコメンデーションエンジンという事例が挙がる。これについてJR東WBはどう考えているのだろうか? もちろん、同社もTwitterはよくチェックしているが、現状は属性情報で十分という答えが返ってきた。

 笹川氏は、「議論がわかれるところですが、エキナカのビジネスは不特定多数のお客様がターゲットですので、リアルタイムに個人を絞り込むようなSNSの解析がどこまで有効か、ちょっと模様眺めですね」と述べる。やろうと思えば、SuicaのIDデータとインテリジェントな次世代自販機を組み合わせて、レコメンデーションみたいなことも可能ですねと言われるが、「自販機で飲料を買う人がそこまで望んでいるか疑問」という笹川氏の意見ももっともだ。

 このようにJR東WBのデータ解析は、技術やツールのみではなく、社内での試行錯誤、経営の理解とリーダーシップの結果として成果を生み出している。これはビッグデータというソリューション以前に、企業できちんと検討すべき事項であろう。同社の姿勢には、「ビッグデータ」という流行言葉に踊らされない、むしろ「ビッグデータ」のブームに乗ってやろうくらいのしたたかさ、芯の強さを感じた。

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