日本の音楽にルールチェンジがあるとしたら
―― 日本でヒップホップが盛り上がる条件は揃っているようですが、逆に90年代以降盛り下がった理由は何なんでしょう?
長谷川 レコード会社関係の人に聞いた話だと、リップスライム以降、ヒップホップが行かなかった理由は二つあって、ひとつはメジャーデビューしたアーティストの態度が悪かったんですよ。アメリカの人たちの真似をして時間通りに来ないとか。でもレゲエの人は時間通りに来るんですって。ジャマイカが基本なのに。
―― あー、中身は勤勉な日本人だったと。
長谷川 どっちが扱いやすいかって言えば、そりゃレゲエの方ですよね。もうひとつは、やっぱり言葉狩り。「この表現やめてもらえませんか」ってディレクターに言われるから、ブチ切れちゃってもう止めてしまう。だったら流通経路はメジャーと変わらないし、インディーでいいと。その方が都合もいいわけです。
―― トガったところはアンダーグラウンド化していったわけですね。90年代のラップは、まだ輸入文化としての異物感もあったと思うんですが。
大和田 日本語の定型詩って韻を踏む文化はないんですよね。漢詩にはあるんですけど。だからすごく大変だと思うんです。英語はだいたい14世紀くらいから定型詩で脚韻を踏む文化があるので、そのかっこよさはあるんですけど、日本語の場合には……。
長谷川 真面目に言ってるのに、韻を踏むとダジャレにしか聴こえないという。それと日本語のラップを突き詰めていくと、母音が多すぎるのが問題ですね。それで基本的に母音を聴かせないようにしている。たとえば、「が」という言葉を「ガッ!」って言うわけですよ。でも普通の日本語は「があ」なんですよ、「あ」の方が大きい。
―― ちょっと話は逸れますが、実際そういう発声の問題もあって、歌声合成でもラップは難しいらしいんですよ。細かい音節に区切って微妙なアクセントを乗せることとか。
大和田 それはテクノロジーの可能性として良くなる方向にはならないんですか?
―― 研究テーマとして上がっているようなので、きっとできるようになると思います。
※ 今年2月3日に行なわれたSIGMUS(Special Interest Group on MUSic and computer) のスペシャルセッション「歌声情報処理最前線!!」で、「ラップスタイル歌声合成の検討」として名古屋工業大学の国際音声技術研究所とヤマハのボーカロイド開発チームによる共同研究の発表が行なわれた。
大和田 日本の音楽にルールチェンジがあるとしたら、それがきっかけになりそうな気がしますね。
―― 参加のハードルを下げますからね。と言っても、それでコンペティションが始まるとまた大変で。
大和田 日本のヒップホップも、さっき言った難しい条件の中で、むしろラップやリリックのスキルはものすごく上がってきているんです。レペゼン文化が強いとか、90年代との断絶はありますけど、その遺産は継承している。70年代前後の日本語ロック論争と同じで、いかに日本語を乗せるかという工夫の中で、日本語表現そのものの可能性を広げていると思うんです。
長谷川 それにはもっと長い時間をかけなければと思うんですが、これだけアメリカの音楽がループオリエンテッドになっていて、洋楽好きもいるわけですよね。これから生まれた子供が何を作り出すか。初音ミクで作り出したときに何が起きるかということですね。答えは10年後くらいですね。
著者紹介――四本淑三
1963年生まれ。高校時代にロッキング・オンで音楽ライターとしてデビューするも、音楽業界に疑問を感じてすぐ引退。現在はインターネット時代ならではの音楽シーンのあり方に興味を持ち、ガジェット音楽やボーカロイドシーンをフォローするフリーライター。
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