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消えゆく日本文化、若者につなげ ニコニコ動画に“再生”の灯

2012年02月18日 12時00分更新

文● 広田稔(@kawauso3

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「誰かを楽しませたい」その純粋な思いからヒットは生まれた

 興味深いのは、藤山さんの仕掛け方の巧さ。伝統芸能とネット文化という着想がキャッチーとはいえ、ニコニコ動画には毎日数百本もの動画がアップロードされている。そこで飽きられずヒットを出せるのはほんのわずかだ。彼はなぜ若者の心をつかめたのか。

藤山晃太郎さん

 藤山さんから強く感じたのは、ナチュラル・ボーン・エンターテイナー、誰かを楽しませることが好きで仕方がない性格の持ち主ということだ。事実、父親の“家業”は芸能の家元などではなく、ごく普通のサラリーマンだ。

 だが、「誰かを楽しませたい」という思いがつねに彼の中心にあった。学生時代、趣味の仲間とイベントをひらいたときも、つねに藤山さんは皆に目を配り、「お客を楽しませる」という視点を外さなかった。大学でマジックサークルに入会したのも、身一つで誰かを楽しませたいという思いがあったのだろう。

 大学を卒業した藤山さんは、25歳で手妻の世界に飛び込む。初めて触れた芸能はとにかく「シンプルで、かっこよかった」(藤山さん)。自分のほれた芸を一人でも多くの人に見て楽しませたい。そんな思いを胸に、日々練習に打ち込んだ。

 そんな藤山さんに、お客の高齢化という壁が立ちはだかる。「古典の愛好家にお年寄りが多い。僕らが若い人が興味を持ってくれる古典を切り開かなければいけない」。危機感を持った藤山さんは、七三さんと同じように様々な策を練ってきた。そしてようやくつかんだインパクトがインターネット、ニコニコ動画だったのだ。



動画作りのコツは、近江商人の『三方よし』にあり

 以来ニコニコ動画に投稿をしつづけてきた藤山さんは、ネットの使い方を「テレビとの差別化」だと語る。テレビは誰かの依頼がなければ出演できないが、ネットなら自分から“攻めて”いける。

 「テレビはキャラクターを完全にテレビ仕様に作り込んだ上で、糸(出演のチャンス)が下がってくるのを待ってなければいけない。それに一瞬紹介されただけでは、関心がすーっと通り過ぎてしまう。ネットなら1つの作品から他の作品へと次々に見ていけるし、Twitterでは普段どんなことを考えているかまで見える」(藤山さん)

 だが、ネットとテレビがいくらちがうといっても、絶対に手を抜きたくはなかった。その覚悟は半端なものではない。動画のクオリティーには徹底的にこだわった。投稿を重ねるごとにコラボレーションの人数も増やした。演出や内容を充実させ、画質や音質も向上させていく。これがただの趣味なら手を抜いても構わない。誰かと一緒に作るときも、相手に合わせ、多少割り切った作りにすることもあっただろう。

 だが、そこで「たかがネット」という安易な妥協は絶対にしたくない。藤山さんは1人1人、信頼できる仲間を集めていく。

 「僕は半端なものしか作れない人とは付き合えないと思うんですよ。自分の力を存分にふるって作品を作るって、予算や納期がある限り、やりたくってもなかなかできないですから。言ってみれば、僕らは“ブレーキ”がないわけですよ」




 品質を上げるだけでは足りない。そう考えた藤山さんは、ニコニコ動画で人気が出るような工夫をほどこす。ネットは“名前が知られている”存在であることが強い世界。作品以前に、自分自身の名前が知られていなければならない。それは昨今言われる“承認欲求”(他人に認めてほしいという感情)のような甘いものではなかった。自分が有名になれなければ、自分の愛する文化を牽引していけない。

 「どれだけ僕が高い思想性を持っていて、作品を作ったり上演会をやっても、注目されなければ意味がない」のだと藤山さんは語る。

 「近江商人の、売り手よし・買い手よし・世間よしという『三方よし』の理念です。どれだけ自分が儲けても、相手があまり得をしなければいい商売じゃない。自分とお客が得をしても、世間が喜ばなければ長く続かない。Googleが理念にかかげる『Don't be Evil』(邪悪になるな)に似ています」。

 もちろん自分も楽しんでいる。ニコ動については「今でもずっと遊びで投稿してます」と言い切るほどだ。「自分がやったら面白い、こうやったら喜んでくれるだろうというネタしかやってません。別に仕事じゃないので、そこを外してまでやろうとは思わない。でも、誰かを楽しませること自体も、楽しみなんです」。

 だが、そこで「『楽しかったね』で終わるのは、アマチュアだと思うんです」とも藤山さんは話す。自分でも楽しみながら、相手との距離はしっかりと保つ。その絶妙な落としどころを見抜き、誰もが“ニコニコできる”ような作品づくりをしているため、彼の関わる動画は魅力を放つのだろう。

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