新しい店舗の「伝統」?
次に、より興味深いもう1つの観点から、この「金子半之助」を見ていきます。先ほどからこの店に対して、「老舗」「江戸っ子」「職人」などのフレーズを使っていますが、実はこのお店は昨年オープンしたばかりのニューフェイスなのです。初めて訪れた人は、その立地や佇まい、店名、商品などから間違いなく老舗をイメージすることでしょう。そして、それは送り手の狙いだったはずです。
ウェブサイトでは開店までの歴史が語られていますが、天丼のようにその「正統性」が重視されるような類の商品や業態では、こうしたある種の物語性は極めて効果的と言えるでしょう。奇をてらったことは意図的に避けている様子がうかがえます。商品は王道なものに絞って余計なことをせず、また店舗の内外装もいかにも昔からあったようなつくりにしているのです。
似たような店をもう1つご紹介しましょう。これまた同じく日本橋の地に、「玉ゐ」というあなご専門店があります。こちらではうなぎではなく、あなごをお重のスタイルで提供しています。さらに出汁が別に添えてあるので、いわゆる「ひつまぶし」と同様に楽しむことができるのです。
この店の建物は昔ながらの日本家屋であり、ウェブサイトなどでも「昭和28年」というフレーズが出てくるので、歴史ある老舗だと思われがちですが、実際の開業は2005年とごく最近のことなのです。「あなご」と「古い日本家屋」の相性が極めて良いことは、実際に店を訪れると強く実感します。
差別化要素としても重要
今回取り上げた2つの飲食店、「金子半之助」と「玉ゐ」に共通しているのは、比較的新しい店にもかかわらず、あたかも「老舗」のようなオーラを発していて、それが客から支持される大きなポイントになっているということです。「食」の世界では、昔からその「物語性」が大切にされてきましたが、競争環境が激化する中で、差別化の要素としてますますその重要度が増しているような気がします。
一口に「物語性」と言っても、色々な切り口があります。「この卵を産んだ鶏は有機野菜しか食べていない」、「今朝獲れたばかりの魚を使っている」、「シェフはフランスの三ツ星レストランで修業をしていた」、「1週間煮込み続けた秘伝のソース」などなど。そんな中で、「歴史」というのは物語そのものです。特に、ここで触れた天ぷらやあなご、さらにはうなぎ、そば、ふぐ、すっぽんなど古くから日本に存在する料理ジャンルでは、極めて強い効果を発揮します。
必ずしも「本当の歴史」がなくても繁盛させられることは、上記の2店が証明してくれています。実在の人物の名を借りる、商標を買い取る、古民家を移築するなどの工夫によって、クリアできることは多そうです。こうしたテクニックを私は悪いとは思いません。まず今回の両店は、真っ当な商売をしており、それがお客からもきちんと支持されています。
食文化維持に貢献する可能性も
それに加えて、この手法によって消え入りそうな食文化が維持される可能性もあると思うのです。先に挙げたような、天ぷらやうなぎ、ふぐ、すっぽんなどの料理は、職人の不足や原材料の高騰などから、将来的には存続が危ぶまれています。しかし、私はその衰退の最大の原因は、「老舗」の努力不足だと考えています。「伝統を守る」という美しい名目のもとに進化や努力を怠り、結果として時代とのズレが生じている気がします。
そしてこうしてズレてしまった老舗に、今さら変化を期待することは現実的ではありません。そうすると、料理が維持されていくためには、新興勢力に頼るしかありませんが、正統性が求められる中で「ぽっと出」の店が支持を集めるのはなかなか難しいでしょう。そんな時に、両店のように「歴史を活用する」という視点が有効に機能するのです。
【筆者プロフィール】 子安 大輔
1976年生まれ。東京大学経済学部を卒業後、株式会社博報堂に入社。マーケティングセクションにて、食品や飲料、金融などの分野の戦略立案に携わる。2003年に飲食業界に転身し、共同で㈱カゲンを設立。飲食店や商業施設のプロデュースやコンサルティングを中心に、食に関する企画業務を広く手がけている。著書に、『「お通し」はなぜ必ず出るのか』『ラー油とハイボール』(ともに新潮新書)。レストランビジネスを教える学校「スクーリング・パッド」主宰。ビジスパではメルマガ「「食」から読み解くマーケティング」を執筆中。
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