このページの本文へ

前へ 1 2 3 4 5 6 次へ

2年連続の女王戴冠なるか? 5年目のミクGTプロジェクト第1回

個人スポンサーとの絆を大事にしたい! 鈴木代表の闘魂

2012年02月03日 19時00分更新

文● 末岡大祐/ASCII.jp編集部

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 2011年度のGT300クラスチャンピオンに輝いた「GSR&Studie with Team UKYO」。もちろんASCII.jp読者ならご存じのことと思う。今回から数回かけて「チャンピオンを獲得した今だから、改めて振り返る初音ミクGTプロジェクトの4年間。そして5年目への挑戦」をテーマに、チーム関係者やドライバーへのインタビューを連載する。

 先陣を切るのは、BMW専門店「Studie」代表の鈴木康昭氏! 初音ミクGTプロジェクトの立ち上げから関わっている鈴木氏に、今だから言えるあの頃を振り返ってもらった(インタビュー取材は2011年12月に行なった)。

「GSR&Studie with Team UKYO」のエントラント代表、そしてBMW専門店「Studie」の社長である“BOBさん”“株式会社鈴木”こと鈴木康昭氏。その明るいキャラクターでチームのムードメーカーでもある

StudieがSUPER GTに参戦したキッカケ

──今まで聞けそうでいて実は聞いていなかったことなのですが、そもそも鈴木さん本人がSUPER GTに参戦としたキッカケを教えてもらえますか。

鈴木 GTの2006年シーズンに、RX-7で有名なショップ“RE雨宮”さんがプライベーターながらにチャンピオンを獲ったこと。それに触発されて……ですかね。BMW専門店であるStudieを展開させるにあたって、モータースポーツは避けて通れないというか、「いずれ、やらなければならない義務感」もあった。雨宮さんのレースを見る前にも、どのレースがいいかという話があって、最初に手がけるならスーパー耐久(S耐)が良かったんですけど、実際にS耐を見に行ってみると、ちょっとStudieがやる方向性とは違うなと感じた。そんなとき、雨宮さんがSUPER GTでチャンピオンを獲って、こりゃスゴイなと。ショップのプライベーターでも優勝できるんだと、衝撃を受けました。

 その頃すでにS耐に出ていた星名くん(当時はGLAD、現アドバンスステップ代表)ともご縁があって、彼から「BMWでSUPER GT、やりませんか?」と持ちかけられたんですよ。

──最初に、星名さんサイドから提案があったんですか。

鈴木 そうです。ちょうどBMWで参戦を考えていたので、「じゃあやりましょう!」と。ただ、そのとき僕はレースやるのにどのくらいお金がかかるのか、どのくらい大変なのかっていう現実をまだ理解していなかったんです。星名くんは参戦の前の年(2007年)にポルシェでスポット参戦していましたから、そのへんの状況はよく理解していました。彼からいろいろアドバイスをもらって、StudieがGLADをサポートする体制ならいけるんじゃないかと。そうして、エントラントは星名くんのGLADでいくことになりました。

──そこがすべての始まりだったんですね。では、参戦マシンをZ4にした理由は?

鈴木 クルマを何にするか悩んでいたときに、ちょうどこの子(初代ミクZ4)がニュル(ニュルブルクリンク24時間耐久レース)でデビューして、僕も自分のクルマでレプリカ作っちゃうくらいZ4が好きだったので、これしかないだろうと。

──他の選択肢はなかったんですか?

鈴木 いや、実はありましたよ。M3とかね。ほかにも候補があったと思いますけど、そこはガンとして僕が譲らなかったので、Z4で行くことになりました(笑)。でも一言でZ4と言っても選択肢は2つあって、S耐で走っていたZ4を使うか、JAF-GTに準じた形でクルマを作っていくか、どちらにするかは考えさせられました。
 結局後者になりましたが、S耐のを使わなかった理由は、リストリクターを絞られたときに排気量が少ないと圧倒的に不利だからです。3.2リッターの6気筒ではGTを戦うのはキツイ。逆に、JAF-GT規定だったらBMWのエンジンであれば何を使ってもいいというレギュレーションだったので、リスを絞られたときのことも考えて、排気量は大きい方がいいだろうと。かといってV10以上になると(エンジンが)重くてフロントヘビーになりすぎるのでダメ。そこでチョイスしたのが、V8で5リッターのエンジンです。当時、E39のM5に搭載されていたものですね。本国ドイツからパーツを輸入して、日本でマシン組み立てることにしました。

 ところが実際にやってみると、いろいろと問題が出てきて納期が遅れたんですよ。コストもかなりかかったし。なんと、鈴鹿への搬入日の前日にマシンができあがった(笑)。当初の予定では、鈴鹿の前のラウンド(スポーツランドSUGO)から参戦するつもりだったんですけど。シェイクダウンすらしてないマシンでいきなり鈴鹿ですからね。今考えると、チャレンジャーだったなあ……。

今となっては懐かしいデザイン。最初は練習走行しか走れなかった

前へ 1 2 3 4 5 6 次へ

この特集の記事

東京ゲームショウ2019大特集!

  • 週アス TGS2019 特別版を公開中!

注目ニュース

ASCII倶楽部

最新記事

ASCII.jpメール アキバマガジン

クルマ情報byASCII

ピックアップ