牛肉汚染問題以降のマーケティングにおけるポジショニング
あなたなら「焼肉業界の再建」にどう提言する?
2011年10月17日 10時00分更新
この記事は牧田幸裕氏のメールマガジン「日経を使った“旬の事例”ケーススタディー最新情報でケース分析」(「ビジスパ」にて配信中)から選んだコンテンツを編集しお届けしています。
高濃度の放射性セシウムを含む稲わらを餌とした牛の肉が流通した問題の影響で、焼肉店と牛丼店の売上に明暗――牧田幸裕氏が、この非常にセンシティブな問題を取り上げ、実際的な策を提言。そこには、復興へのカギも含まれている。
差別化要素は何か
マーケティングにおけるポジショニングとは、ターゲット顧客に対する訴求ポイントを明確にすることである。言い換えれば、その製品・サービスの何が差別化要素なのかを明らかにすることだ。
2010年までは、牛肉における差別化要素は、松坂牛、三田牛、米沢牛といったブランドや、肉の質を表わす等級、差しの入り具合などであった。
ところが、そのような差別化要素は、2011年春以降の放射性物質問題で吹っ飛んでしまった。牛肉を含むすべての食品で、最も重要な差別化要素は、「セシウムの含有量」=安全であるかどうかに変わってしまったのである。2010年まではブランド×等級など2軸で表わされるようなポジショニングだったわけだが、今やそのような2軸は無価値だ。安全か安全でないかが、消費者の購買決定要因の重要なポジションを占めるようになってしまった。
その結果、安全性を担保できない焼肉業界は打撃を受け、国産牛を使用しない牛丼業界は堅調という結果となったわけである。日本の牛だから、日本人から支持されないというのは非常に悲しい話だが、これが現実だ。
窮地からの再建:スミスクラインのケース
放射性物質問題ではないのだが、このような窮地に立たされながら再建できたケースがある。それは、1983年の米国スミスクラインのケースだ。スミスクラインの有力製品「コンタック」に、殺鼠剤が混入されるという事件が起こった。そして全てのコンタック製品はリコールされた。
その後、スミスクラインは競合企業のイーライ・リリー社の協力を得、2つのカプセルを赤いゼラチンの帯で結合し、安全性を確保した。そして、当時の金額で2000万ドル以上の広告費をかけ、市場再投入のテレビ広告キャンペーンを行った。その結果、次の風邪の季節が終わった時には、コンタックは事件前よりも高い市場シェアを獲得していた。
米国のMBAでは非常に有名なケースなのだが、今回の放射性物質問題に対しても学ぶところは多いと私は考えている。
焼肉業界にも再建の途
現在は、放射性物質検査済みというシールが貼られ、牛肉は市場に流通している。しかしこれは、ある基準値より高いか低いかという指標であって、セシウムが含有されているかどうかを表わすものではない。だから、私はこれで安全性が確保されたとは考えていない。同様に安全性が確保されたと考える人が少ないからこそ、検査が行われても焼肉市場は回復の兆しがないと言える。
だとすれば、基準値を満たしているかどうかではなく、正直に含有されている放射性物質のベクレル数を表記すべきだ。多くの食品では、500ベクレル以上は市場に出回らないという建前になっているが、そもそもその基準が人体に影響を及ぼさないものなのか、また、それ以下であれば安全なのかどうかもわからない。
そこで、検査済みの牛肉に関しては、検査結果を全てベクレル数で表示する。例えば、牛肉Aは10ベクレル。牛肉Bは50ベクレル。また、牛肉Cは420ベクレルというように。
そして、5ベクレルだった松坂牛は、ほぼ2010年同様の安全性が担保される貴重な牛肉としてプレミアムをつけて取引をする。2010年まで5000円/100gだとすれば、2011年は30000円/100gというように、だ。
一方で、ある産地の牛肉が残念ながら480ベクレルだった場合は、ディスカウントして売りに出す。2010年まで2000円/100gだった場合、2011年は900円/100gというように、だ。買う人がいるのだろうかと思われるかもしれないが、中高年などには、諦念もあるのかもしれないが、「自分が生きているうちには問題が生じない」と考え、放射性物質をそれほど気にすることなく、2010年以前と同じような食生活を送っている人もいる。
そこで、そういうセグメントをターゲットにしてプロモーションを行えばよい。
基準が曖昧であるが故に、誰もが手を出せない状況を脱却し、現状を明確にし、異なるセグメントに異なる価値を提供することで、焼肉業界にも再建の途は必ずあると、私は考えている。
今後長い間、私たちが直面する問題だからこそ
放射性物質の問題は、非常にセンシティブな問題であり、その影響がまだ分からないことも多い。だから、今回ケースとして扱うべきか少々悩んだ。
しかし、牛肉のみならず、およそ食品業界では問題となりうるテーマであり、今後長い間、私たちが直面しなければならない問題でもある。また、そもそも経営判断とは不十分な情報の中、意思決定を行うことだ。そこで、あえてこの難しいテーマを選んでみた。
新聞でも雑誌でも、問題提起はなされるが、それに対して「こうすべき」という処方箋は提示されない。だから、それは自分の脳味噌をフル活用して考える。もちろん、新聞や雑誌に書かれている情報は限られた情報なので、それだけで必ずしも正しい判断ができるわけではない。しかし、先述したように経営判断は、限られた情報を基に、限られた時間で行うものである。
是非、読者の皆さんにも、問題に対する処方箋の提言にチャレンジして頂きたい。
【筆者プロフィール】牧田 幸裕
信州大学経営大学院 准教授。
京都大学経済学部卒業、京都大学大学院経済学研究科修了。アクセンチュア戦略グループ、サイエント、ICGなど外資系企業のディレクター、ヴァイスプレジデントを歴任。2003年IBMビジネスコンサルティングサービスへ移籍。インダストリアル事業本部クライアント・パートナー。2006年信州大学大学院経済・社会政策科学研究科助教授。07年より現職。
著書に『ラーメン二郎にまなぶ経営学』(東洋経済新報社)、『フレームワークを使いこなすための50問』(東洋経済新報社)、雑誌連載など多数。
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■牧田幸裕氏の著書
ラーメン二郎にまなぶ経営学 ―大行列をつくる26(ジロー)の秘訣牧田 幸裕(著)東洋経済新報社
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