そして“おかん”がやってきた
だが、その数日後にまたこの家を女性が訪れたのである。
「もしもーし、開けなさーい」
ドアの向こうからなんとなく聞き覚えのある声、そしてどんどんと直接ノックする音。
「おお、女の子の声!?」
「次の女の子が来たじゃないですか! ひゅー、このモテ男ー」
僕は訝りながらドアを開ける。まさかこんなことが……。
「あんた、元気してた? ちゃんと食べてるでしょうね?」
「か、母さんっ!?」
僕は愕然と立ち尽くす。予告なしかよ!
だが、その間にも母さんはずかずかと狭い廊下を抜けて六畳間に上がり込んでしまう。
「あら、お母様だったの」
「でもでも女の人が来たことには変わりないじゃん。やったね!」
母さんは少女たちには目もくれず、ぎろりと室内を見回している。
「あんた、昔からいつも部屋を散らかして……あら、ないわね」
「と、当然だろ。僕だってちゃんと片付けてるんだから」
「あんた、ちゃんと食事……」
それから母さんのしばらく説教は続いた。だが部屋に居座っている少女たちには目もくれようとしない。この人の判断基準は謎すぎる。
「ところであんた、ちゃんと大学の勉強はしてるんでしょうね?」
「してるよ! レポートも全部出してるし」
「そこの本棚、大学の教科書や参考書が一冊もないじゃない。最近はネットでいろいろ調べられるのかもしれないけどねえ、本がまったくないってのはおかしい……」
「ま、またそれか」
僕は思わず頭を抱えたくなる。つくづく、家財道具としての本や本棚の存在意義って大きかったんだなあ……。
「こっちだって家計が厳しいのに仕送り……」
「わかってる、本がないわけじゃないんだって」
僕は母さんの鉄拳制裁から必死で逃げ回る。おいこらそこの少女たち、今度こそ僕を助けるんだろ。
「……横から失礼いたします、お母様。さきほどここの家に本がないと言ったけれど、それは誤解よ。電子化されてこの端末に収められているわ」
おお、りーだーちゃんが助け船を出してくれた。おずおずと母さんに端末を差し出している。がんばれジャパニーズ委員長。
「何? この携帯とまな板を足して二で割ったようなやつ」
「これが電子書籍端末よ。ここに表示されているのが、内蔵されている電子書籍のリスト。ここをタップすると、ページをめくることができるわ」
「ああ、なるほど。こりゃ本だわね」
りーだーちゃんの必死の説明に、母さんはなんだか面白そうだ。
「まだ不明瞭ではありますが、電子書籍は未来の読書の姿。息子さんは勉強していないのではなく、こうして最新技術を習得しつつ、狭い部屋で快適に暮らそうとしているのよ」
「それに、電子書籍は勉強に便利な機能も多いんだよ! ほら、テキスト中にわからない単語があったらこうして辞書を引くの」
「まあ、きんどるちゃんはまだ日本語入力できませんけどねー」
「他には端末にもよるけれど、しおり機能、メモを書き込む機能、単語検索など……」
「なんだか難しそうねえ、こういうの」
「今後、学校教科書としてこうした電子書籍を導入しようという動きもあるわ。将来の子供たちは、動画や音声の入った教科書で勉強するようになるでしょう。これは未来を先取りしているのよ」
少女が四人がかりで母さんに説明する様に僕はちょっと感動していた。りーだーちゃんが蕩々と語ると、母さんもまた感動したように目を潤ませる。
「ま、孫の世代……」
「はい?」
「あんた、そんなに将来のことについて考えてたのね!?」
「いや、それは期待するところが明らかに違うだろ」
ともあれ母さんは大きく頷き、
「まあ、あんたが真面目にやってるようで母さん安心したわ」
やれやれ、やっと納得していただけたようだ。
「ところで、その電子書籍ってのもっと見せてちょうだい。どれ、ここを押すのよね」
「失礼いたします、ここは今までに購入した本のリストよ」
「ふむふむ……ん?」
──人が凍り付く瞬間というのを、僕はそのとき確かに見た。
「なになに、“ぜんぶ魅せちゃう素顔の私”“あの女優がここまで脱いだ! 魅惑のオールヌード”………………」
きんどるちゃんがなにやら 「あちゃー」とか言って舌を出しているが、僕はもうそんなことは気にしていられない。死ぬ。もう死ぬ。
「あんた……勉強用の本を買ってるんじゃなかったの?」
「そう、だけど」
「だったらここに並んでるグラビアだののリストは何っ!?」
「あ……あの」
「やっぱり勉強してないじゃないあんた! こんな得体の知れない機械いくつも買って、何をやってるのかと思ったらエロ本! 機械だったら隠せると思ったのかもしれないけど、甘かったわね、だいたいあんたは昔から……」
怒声に揺さぶられて気が遠くなる僕の横で、四人の少女はふたたびこっそり押し入れに潜り込んでいく。
「ありゃー、まさかあんなにサムネイルが肌色まみれだと思わなかったから……」
「App Storeなら実はそこまで過激なやつはないのですけどねえ」
「なるほど、閲覧履歴が残るというのも問題ね……。個人で使うぶんにはとても便利な機能なのだけれど」
こそこそと襖の向こうから声が聞こえる。僕は叫んだ。
「た、助けろ、今度こそ助けろおおおおっ!」
【プロフィール】
藤春 都
ライトノベル書き。大学で図書館情報学を学んだ後、第二回ノベルジャパン大賞佳作受賞。かつて五色iMacを欲しかったけれど買えなかった若輩者のMacユーザー。今はMacBook ProとiPhoneを好きなだけ使えて幸せ。
木野 陽
マンガ家/イラストレーター。「飛ぶ東京 -Wandering City TOKYO-」(月刊コミックアライブ2010年9月号)にて商業誌デビュー。コミックマーケット/COMITIAなどのイベントで創作マンガも発表している。2009年、たまたま手に入った「Kindle2」を同人誌即売会で展示した際、「せっかくなら中身を」ということで描いたマンガが「Kindleちゃん」。