このページの本文へ

前へ 1 2 3 4 次へ

ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第119回

CPU黒歴史 駄作にあらずも切り捨てられ売却 XScale

2011年09月26日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

ビジネス的には広がらず
部門ごと相次いで売却され終了

 以上のように、一時期はPCとサーバー向け以外のCPUすべてに、XScaleは採用されていた。普通なら、インテルほどの企業がこれだけ力を入れれば、もっと普及してもおかしくはない。それにも関わらず、結果から言えば「普及する」というレベルからはほど遠かった。

 まずPDAの分野では、PDAそのものが失速してしまった。スマートフォン全盛の今とは異なり、2000年前半はようやくADSLによる常時接続が家庭で始まったという程度。携帯電話でさえ、3Gによるパケット通信がやっと可能になったレベルで、持ち歩くPDAでの常時接続は夢のまた夢。料金的にも速度的にも、PDAでのインターネット接続は論外だった。XScaleが採用された頃は、一時期はもてはやされていたPDAが急速に市場を縮小してゆく時期に当たり、当然ながらこの影響をモロにかぶることになった。

 では携帯電話の分野は?というと、結果的にPXA800やその後継製品である「PXA900」シリーズを採用したメーカーはなく、試作品が多少登場した程度だった。これはインテルに限らず、携帯分野に新規参入を試みたプロセッサーメーカーに共通した話である。

 携帯電話ベンダーは特に大きな理由がない限り、多少性能が優れているとは言っても開発環境や作りこみのノウハウを一からそろえる必要がある新規製品より、手馴れたメーカーの既存製品のアップグレード版を使うほうが安心だからだ。そのため新規参入組には、長期に渡って機器メーカーに働きかけを続けてゆく体力が必要になるが、残念ながらインテルにはそれが足りなかった。

 ネットワークプロセッサーの方でも、ハイエンドのIXP2xxxシリーズは若干の採用事例を獲得したものの、大きなシェアを握るというには程遠い状況だった。ローエンドのIXP4xxは、確かに一時期はそれなりのシェアを握ったものの、すぐに競合メーカー(モトローラにFreescale、Marvellにサムソンなど)が巻き返しを図り、再びシェアを落とすことになった。

 この市場は性能よりも価格と(ベンダー向け)サポートが重要視される部分でもある。特にこのサポートはインテルがこれまで経験したことのない分野だっただけに、後手に回ったのは致し方ないところだ。インテルはほかにもこの当時、光ネットワークやIPテレフォニーなど各分野の製品を持っていた。IXPはこれらとの相乗効果が期待できる……という話だったのだが、こちらの売り上げもあまりかんばしくない。結局、IXPの売り上げもやはりあまり伸びなかった。

 唯一好調だったのはストレージ部門であるが、こちらももちろん競合メーカー(ブロードコムにLSI Logic、Marvellなど)があった。またIOPはあまりにストレージ向けに特化しすぎており、一般的な組み込み分野に広く展開するには、搭載する機能や性能が偏りすぎだった。結局、狭い分野ではそれなりに好調だったものの、売り上げとして大きな貢献はなかった。

 こうした状況を受けて、2006年頃からインテルは、まずそれまで力を入れていたネットワーク部門を大きくリストラする。2006年中に、光ネットワーキング関係はCortina Systems社に、IPテレフォニー関係はEicon Networks社に売却される。これに続き、PXAシリーズを含むコミュニケーション部門が、まるごとMarvellに売却された。IXPシリーズはこの時点ではまだインテルに残されていたが、こちらも2007年には、Netronome Systems社に事実上売却される。

 結果としてインテルに残されたのは、IOPとCE 2110のみとなった。ただし、CE向けはその後Pentium Mベースになり、今ではAtomベースに切り替わっている。今も残されているXScaleの残滓は、IOP3xxシリーズのみとなる。


 「今もインテルがARMアーキテクチャーを保持していたらどうなったか」を考えると、ちょっと面白い。客観的に見れば、インテルには十分そのリソースがありそうに見える。ところが2000年代前半から後半にかけての時期は、Netburstアーキテクチャーの後始末とCoreマイクロアーキテクチャーの改良、それにAtomの開発という3種類の大きなタスクが走っていた時期だ。いくらインテルと言えども、さらにARMアーキテクチャーの開発までやるゆとりはなかったのかもしれない。

 結局インテルは「やっぱりウチはx86でないと駄目だわ」と判断したのかどうか。その後のXScaleは、プロセスの微細化と動作周波数向上は行なわれたものの、それ以上の変更はないままに終わってしまった。もしインテルがその後もARM v6/v7のアーキテクチャーライセンスを取得して製品を作っていたら、今頃はタブレットやスマートフォン向けに、結構なシェアを握っていた可能性もある。現実問題としてはAtomとモロにぶつかる領域なので難しいだろうとは思うが……。

 無責任な外部の視点で言えば、インテルはXScaleでの成功をあせり過ぎた感がある。インテルは組み込み向けというよりも、PC向けプロセッサーのタイムスケールで判断をしており、その尺度で早めにXScaleに見切りをつけて、かわりにAtomに力を入れ始めたのだろうか。MarvellにせよNetronomeにせよ、どちらもその後の製品展開が順調であるあたりを見るにつけ、問題はXScaleそのものにはなかったと筆者は考える。

前へ 1 2 3 4 次へ

カテゴリートップへ

この連載の記事

注目ニュース

ASCII倶楽部

プレミアムPC試用レポート

ピックアップ

ASCII.jp RSS2.0 配信中

ASCII.jpメール デジタルMac/iPodマガジン