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ロードマップでわかる!当世プロセッサー事情 第117回

忘れ去られたCPU黒歴史 StrongARMの前に破れたi960

2011年09月05日 12時00分更新

文● 大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/

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i960シリーズのロードマップ

 i960シリーズ3つめのラインナップが、「Value Processor」である。まず「80960KA」という製品が登場したが、これは80960JAをベースにキャッシュを命令512Byte/データなしに削減した製品だ。動作周波数も10~25MHzに落とされている。この80960KAにFPUを追加したのが「80960KB」である。一方で、80960KAの外部バスを32bit→16bitに減らしたのが「80960SA」で、動作周波数はさらに10~20MHzへと引き下げられた。これにFPUを追加した「80960SB」は、動作周波数がさらに低い10~16MHzとなっている。

 これらとは別に、やはりValue Processorにラインナップされるのが「80960MC」という製品。こちらは80960JAにFPUを追加したような構成になっている。

多彩な機能を集積
RAIDコントローラーなどにも採用

 ここまでは触れてこなかったが、i960シリーズは組み込み向けプロセッサーとして採用されることが前提だったので、構造的にはMPUというよりは「MCU」(Micro Control Unit、SoC)に近い。Value製品を除くと、データ用RAMを1~2KB搭載していたから、この容量でこと足りるアプリケーションであれば、外部にRAMが不要である。

 また、当初の80960CA/CFを除く全製品には、2チャンネルの32bitタイマーが搭載されており、外部にタイマーソースを別に用意する必要もなかった。割り込みコントローラーや、製品によってはDMAコントローラーまで内部に搭載しているものもある。さらに80960VHに到っては、PCIバスやI2Cバスを装備し、しかもフラッシュメモリー/ROM/SRAM/DRAMを内蔵コントローラーが直接接続できたから、ほぼMCUと言っても差し支えない構成である。

 ほとんどの製品の動作保証温度域は、一般的なレベル(Commercial 0~70度)だった。しかしいくつかの製品は、マイナス40~100度(Extended)での動作保障品も用意されていたなど(Value製品にはマイナス60~150度の製品もあった)、組み込み向けプロセッサーにふさわしい特徴を兼ね備えていた。

 そんなわけで、1990年代のi960シリーズは、インテルの組み込み向けプロセッサーとして非常に幅広く利用されていた。特に需要が高かったのが「RAIDコントローラー」の分野で、インテルは「IOP」(I/O Processor)としてi960Jシリーズのコアに、PCIバスブリッジやDMAコントローラなどを集積した「Intel 80960Rx」(RD/RS/RM/RN)といった専用チップを開発(Photo01)、MylexやPromise、3ware、LSI Logicといったベンダーが自社のRAIDコントローラにこれを採用したりした。

「Intel RS960RS I/O Processor Datasheet」から引用した構造図。コアそのものは80960JTである。Secondary PCI Busの先にIDE/SCSIコントローラーを搭載して、Primary PCI Busはホストに接続する形になる。あとはメモリーを追加すればRAIDが一丁上がり

 また数は少ないが、一部のEthernetコントローラーに、「TCP Offloading」※1の目的でi960ベースのチップが搭載されたりした。少なくともi960は、1990年代のインテルの組み込み向けに対する需要をきっちり受け止めてそれをこなすだけの能力があったことは間違いない。
※1 TCP/IPの処理をハードウェアで行なうことで、CPU負荷を減らす機能。

組み込み分野をStrongARMに奪われジ・エンド

 これだけ利用されたにも関わらず、i960が黒歴史化してしまったのはなぜか? それにはXScaleの影響があった。簡単にまとめると、まず米DEC(Digital Equipment)との訴訟と和解の関係で、DECのARMプロセッサーである「StrongARM」の資産をインテルが丸ごと入手することになった。そこから改めてARMに本腰を入れるために、組み込み向けの開発リソースの多くをARMに注いだ結果、i960に割けるリソースがほとんどなくなってしまったのだ。

 この結果としてコアの高性能化や、プロセス微細化をともなう省電力化といった作業が、すべて放棄されてしまった。細かく言うと、作業の放棄に先立ってP6(Pentium Pro)の開発が本格化するに従い、i960の開発チームはP6に振り分けられてしまった。もちろんこれは、「P6の開発が一段落するまでの過渡的な措置」という話だった。だが、そのうちにARMに力を入れることが明らかになると「i960の後継はARMベースでいい」ということになってしまった。

 結局1990年後半には、メンテナンスのための小部隊を残してi960の開発は完全に止まってしまい、そのままXScale搭載製品の登場にともない、静かに消えていった。i960の開発を指揮したメイヤーズ博士は、一足早く1987年にはインテルを去っていた。i960のアーキテクチャーを擁護する後ろ盾が、すでにインテル社内からいなくなっていたのも、あっさり消えた要因のひとつであろう。

 アーキテクチャーの面でも特に顧みられることもなく、今ではほぼ黒歴史化している。辛うじて今もインテルのサイトに製品ページが残っているのが、せめてもの救いだろうか。

 別に大赤字を出したとかいう話ではないし、性能面でも決して劣っていたわけではない。それどころか、RISCとしては初のスーパースカラーを実装した製品であった。それにも関わらず、インテルの中で「忘れたい製品」になっているのは、やはり「x86ではなかった」というあたりなのかもしれない。

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