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池田信夫の「サイバーリバタリアン」 第143回

グーグルを動かしたスマートフォンの「特許バブル」

2011年08月18日 12時00分更新

文● 池田信夫/経済学者

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特許バブルがイノベーションを阻害する

 特許紛争に敗れるとライセンス料を払わなければならないが、原告と被告が互いに訴えている場合は、クロスライセンスで和解するケースも多い。たとえばモトローラとアップルは互いに数十件の訴訟を起こしているので、すべての訴訟を取り下げる代わりに特許をプールして互いに利用できるようにする、といった形で解決するのだ。

 ところが新興のアジア企業は、あまり特許をもっていないため、Androidに対して訴訟が起こされると対抗できない。そこでグーグルが取得したモトローラの特許を使って対抗する訴訟を起こせば、和解に持ち込むことができる。あるいは相手が訴訟を起こす前に「Androidのパートナーを訴えたらモトローラの特許で報復するぞ」とグーグルが通告すれば、訴訟を予防することもできる。

 今回のモトローラ買収は、グーグルがこうした「防衛的特許」を取得することによって法的に弱い立場にあるアジアのメーカーを守るものと考えることができる。グーグルの法務部には100人以上の弁護士がいるので、彼らが応援すればパートナー企業も特許紛争を心配することなくAndroidを採用できる。

 しかしこのような特許紛争は、まったくイノベーションを生まない。もうかるのは特許を買い集めて高く売りつける「パテント・トロール」と呼ばれる業者や弁護士だけだ。グーグルのエリック・シュミット会長も「イノベーションではなく訴訟で競争するのは好ましくない」と述べている。

 特許制度の目的は、発明の価値を守ることによってイノベーションを促進することだったが、今ではこのように「他社に取られる前に取る」という非生産的な「軍拡競争」になっている。また紛争の結果、クロスライセンスで大企業同士が特許をプールして使うため、新しい企業が参入しにくくなっている。特にスマートフォンのような複雑な製品では、1台の端末に25万件の特許があるともいわれ、経営陣のエネルギーも研究開発より法廷闘争に費やされがちだ。

 こうした状況には、さすがに訴訟の好きなアメリカの大企業も疑問を持ち始め、政府もプロ・パテント(特許重視)からアンチ・パテント(反特許)に舵を切り始めている。アメリカの特許法は、巨額の賠償や特許訴訟の乱発を制限するように改正された。日本でも、アメリカに追従して強化の一途をたどってきた「知的財産戦略」を見直すときだろう。


筆者紹介──池田信夫


1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。1993年退社後、学術博士(慶應義塾大学)。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラブックス代表取締役、上武大学経営情報学部教授。著書に『使える経済書100冊』『希望を捨てる勇気』など。「池田信夫blog」のほか、言論サイト「アゴラ」を主宰。

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