経営者から開発者に戻りたかった
「マトリをつくったのは、今年の4月なんです」
安田さんはそう語りはじめた。マトリを“本職”とするなら、安田さんの“副職”は、ある有名ゲームメーカーの非常勤役員だ。かつて、安田さんはメーカー内で主翼を担うプログラマーだった。開発者から管理職へとトントン拍子で出世していき、かつては社長を勤めたこともある。出世街道をのぼりつめ、管理職として社員をまとめ、プロジェクトを動かす日々がつづいていた。だが、そんなある日のこと。
安田さんは開発の現場から離れたことを、寂しいと感じはじめた。経営と開発では、あまりにも仕事に温度差がありすぎる。たしかに管理職としての仕事はおもしろい。それでもやはり、自分の原点から遠ざかっていくという焦りのような寂しさが、安田さんのこころに風穴をあけた。
「経営も楽しいんです。ですが、やっぱりゲームをつくる方が楽しくて……ただ、起業については迷いました。『ゲームはみんなで作るもの、1人で作るものじゃない』。管理職としてそう言いつづけてきたわけですから」
良心の呵責にかられた安田さんは、起業の話を秘密裏に進める。そのため4月に公式サイトが完成したときは、社内でも、ネット上でも、誰ひとりマトリのことを知らない状態だった。ゲームのアバンギャルドさも手伝い、マトリはエイプリルフールの“ネタ”と思われた。誰もが「よくできたウソ」と思い、本気にしなかったという。……まあ、気持ちはわかる。
ゲームを思いついたのは2年前。趣味の釣りを第1弾にしようと思い、初めはシンプルな釣りゲームとして作っていた。だが、途中からいきなり安田さんは「RPGをつくろう」とひらめいてしまう。どうせならユーザーの予想をいい意味で裏切るような“驚く”仕掛けをつくりたい。現役のプログラマー時代、安田さんがつねに考えていたことだった。
「作ってるうちに、だんだんと思いだしてきたんです。もともと開発はPC-98の時代からやっていたわけで、これはまだやれるなと」
かくして安田さんに、ふたたび開発者魂が舞い戻った。プログラマーの魂百までとでも言おうか、いざキーボードを打ちこみはじめた安田さんは、現役時代のカンと自信を取り戻し、一気にプログラムを作りあげていく。そしてそこから、斜め上に進化した“釣りRPG”なる前代未聞のゲーム開発を進めることになったのである。