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まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第28回

ネット配信と著作権を巡る、慶應大・田中辰雄准教授の「白熱講義」

テレビアニメの無許諾配信はDVDの売上に貢献する!?

2015年12月31日 17時16分更新

文● まつもとあつし

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DRMは権利者利益のためだけに使うものじゃない

―― よくDRM(デジタル著作権管理)は、コピーガード技術と同一に語られることが多いのですが、実際のところは、著作物がどこでどのように利用されているか、インターネットを通じて権利者が把握し、必要に応じて課金やコントロールするための仕組みでもあります。先生はDRMについてはどのような見解をお持ちなのでしょうか?

田中 「うーん、DRMについての立場は微妙です。使いようだと思います。

 先の図で言えば、社会の最適点の視点からは保護水準をもう少し緩めたほうが良く、ネットへの配信も進めたほうが良い。しかし、現実には緩めて配信するのが不安という権利者は多い。それならDRMをかけて流すのも1つの手でしょう。配信自体に加え、DRMは技術のある人なら外せるので、配信を始めることで保護水準は少し弱まったことになります。

 しかし、逆にDRMは保護水準を強めてしまうこともできる。地デジのコピー制限(ダビング10)はその典型でユーザの利便性を奪い、権利者の利益も増えたとは思えない。携帯電話への音楽配信もDRMのため、購入した曲がキャリアをまたげて持ち歩けない。このようにDRMは著作権の保護水準を望ましくない方向へ強化することが多いのも事実です」

―― 先ほどのCCCDの例がそうですね。

田中 「はい。いわば『毒にも薬にもなる』危険な諸刃の剣ですね(笑)。ちょっと警戒しながら動向を見ているというのが正直なところです」

マジコンは規制が妥当――コンテンツごとに保護水準は変わる

―― これまでようなお話は、デジタルで流通するコンテンツ全般に言えることなのでしょうか?

マジコンによる著作権侵害を解説した経済産業省・文化庁作成のパンフレット

田中 「いえ、たとえばゲームの完全コピー、いわゆるマジコンについては、わたしは双方にとって利益がもたらされない現象だと捉えています。まだ調査中の段階ですが正規品の売上を下げてしまっていることが明らかになりつつあります。コンテンツの内容によっても異なってくるというわけです」

―― 現状は画質が劣化しているYouTubeに対して、マジコンで流通するゲームは完全なコピーですね。メーカーも対抗策をとってはいますが。

田中 「クオリティーに拘るコアなファンというのは必ず一定数います。ですがゲームの場合、コピーとオリジナルの間にクオリティーの差はないのでしょう。

 また、映像や音楽の場合はいわゆる『所有欲』があると感じているのですが、ゲームの場合はそれが薄く、『体験欲』とでも呼ぶべきものが働いているのでは? ゲームは一度体験(クリア)してしまえば、その後も手元に持っておきたいという欲求は少ないように思えます。

 ただ、これも調べてみなければ断言はできませんが。ゲームは被害を受けやすく、最適点が左側(利用者側)に向かう余地が少ない。暫定的な見解ですが、マジコンは規制してよいのではないかと思います。

 端的にいえば、この論文はあくまでアニメビジネス関係者に、『保護水準を少し緩めたほうが、結局は儲かりますよ』と伝えるためのものです。あるいは『何がなんでも保護を強めたほうが、コンテンツのためになる』という主張を展開する一部政策担当者、著作権団体に対して、『それはよく考えたほうがよいのではないか?』と疑問符を投げかけたいのです。

 特にアニメの場合は、国内で少子高齢化が進む中、海外市場に打って出なければならない局面もあるかと思います。むやみに著作権保護を強めることはプラスには働かないだろうと思います。海賊版販売業者は取り締まるべきですが、ファンを増やす=裾野を拡げる働きをする宣伝としての無許諾配信は戦略的に一定期間は認めるほうが賢いでしょう」

―― 海外、多国語展開という観点からもYouTubeはやはり重要な存在であると言えそうですね。

田中 「はい。うまく活用すべきです。いずれにせよ著作権制度を全廃せよ、などと言っているつもりはありませんので、誤解のないようお願いします(笑)」

田中准教授の研究は著作権保護議論に新たな視点を与える

 田中准教授の著作権保護を巡る白熱講義、いかがだっただろうか?

 理論的な話がどうしても出てきてしまうので、難しく感じた読者もいるかもしれない。また、実証をベースにしながらも、現実に起きていることの把握には限界もある。そこに違和感を覚える読者もいるだろう。

 ただ、著作権を「どの程度」保護すれば、利用者・権利者(ここには生産者=クリエイターも含まれる)の利益が最大化できるのか? といった、中庸(中立ではないことにご注意いただきたい)な議論のためには、このような理論モデルが重要だ。

 なぜなら、現実での交渉ごとと同じように、いずれかが100%の利益を確保するということはあり得えない。必ず「落としどころ」が存在する。田中准教授が示したような理論モデルは、「著作権保護とは、その落としどころを探る作業なのだ」という視点を、議論に与えてくれる。

 また、無許諾配信の問題は、海外展開を考える上でも避けては通れない。引き続き、この連載でも追っていきたいと思う。

著者紹介:まつもとあつし

ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。ネットコミュニティーやデジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆、コンテンツのプロデュース活動を行なっている。DCM修士。『スマートデバイスが生む商機 見えてきたiPhone/iPad/Android時代のビジネスアプローチ』(インプレスジャパン)、『生き残るメディア 死ぬメディア 出版・映像ビジネスのゆくえ』(アスキー新書)も好評発売中。Twitterアカウントは@a_matsumoto

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