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【所長コラム】「0(ゼロ)グラム」へようこそ

Google+はクラウド時代のトモダチコレクションなのか?

2011年07月13日 09時00分更新

文● 遠藤諭/アスキー総合研究所

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Googleは人と人との関係性を
利便性のためとしか捉えていない!?

 一部の人たちは、Google+を「Facebookのパクリ」だと言っている。事実、Googleの関係者もFacebookの「友だち」のしくみは具合が悪いので「サークル」という概念を持ち込んだと述べている。もっとも、テストサービスが始まって1週間ほどしてからは、Google+は「Twitterの進化形」という意見も目立っている。

サークル振り分け画面
Google+のFacebookとの最大の相違点は、「友だち」という1種類の関係だけではなく、「サークル」に振り分けられる点である。本文では触れなかった部分として「Sparks」という話題提供の画面があるが、これはソーシャルメディアの利用目的で「ニュース」を挙げる人が、日本に比べて海外では多いからだろう

 Googleが、Twitterにずっとご執心だったのは事実だ。同社がTwitterを買収しようとしているという話は、何度も出ては消えてきた。2007年には、当時「Tumbler」とともにTwitterのライバルと目されていた北欧系の「Jaiku」を買収。直近では「Google Buzz」をやった。だが、いずれもうまくいかず、結果的にTwitterからデータを買ってきて「リアルタイム検索」を提供することになったのは、ご存じのとおりだ(Google+の開始とほぼ同時に終了したが)。

 Googleが、Twitterを欲しがる理由は明確である。いままで彼ら(Google)がかき集めていたウェブやメールなどのデータは、誰かに読まれることを想定して「襟を正して書いた」文章である。それに対して、Twitterのなにげない「つぶやき」には、いままであまりデジタル化されることのなかった「本音成分」とでも言うべきものが高いからだ(しかもリアルタイムである)。

 そこまで検索できるようになれば、「世界中のデータを検索できるようにする」というGoogleの社是を、いよいよまっとうできるというわけだ。

 しかし、Google+が、こうした彼らの社是に基づいて作られたものかどうかは不明である。Googleの一挙手一投足は、アナリストやジャーナリストたちに詮索されまくるが、本当のところ、それがきちんとした理念や戦略性のもとに描かれたシナリオかと言えば、はどうもあやしいと言わざるをえない。

 むしろ、とても「理念的な会社」なのは、Facebokではないかと思うのだ。Facebookは、さまざまな他社サービスのエッセンスを吸収しながら大きくなってきた建て増し建築のようなものだ。けれども、誰もそのようには言ってはいないが、その根幹にはGoogleの社是以上に強力なビジョンというものがある。

 マーク・ザッカーバーグは、「世界がますます透明な方向へと動いていくことは、次の10年、20年に起きる変革のほとんどを後押しするトレンドになるだろう」と述べている(『フェイスブック/若き天才の野望』デビット・カークパトリック著、滑川海彦・高橋信夫訳、日経BP社刊)。彼らは「透明性」(transparency)という言葉を使って、自分たちがネットのトレンドの中心にいると主張しているのだ(事実そういうトレンドにはまった企業が、どの時代でも成功してきた)。

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ソーシャルメディアの模式図
ソーシャルメディアをその機能から分類する試みは、2~3年ほど前からさかんに行なわれている。目的やジャンルなどによって10種類以上に分類している例もあり、いかに米国が「ソーシャル」で動き始めているかがわかる。しかし、重要なのは人の関係性の部分であり、ここでは日本で馴染みの深いいくつかについて、最もシンプルな模式図を作ってみることを試みた

 それのために、「実名性」や、それ以上に関係性が「事実」であることに彼らはこだわっている。人がポツンとひとりいるだけでは、何かが始まることは少ないので、「関係性」がとても大切になる。彼らは、「人間関係まで含んだ住民基本台帳」を作ろうとしているみたいなもので、さぞかし価値のあるものになるだろう。しかし、個人的な感想を述べさせてもらうと、この「透明性」というのが息苦しいような気がしないでもない。

 それに比べて、Google+の「サークル」はとてもあやふやなものだ。Google+に加入していない人を、自分で作ったサークルの中に入れておくことだってできる。たとえば「カレー好き」というサークルを作って、勝手にカレー好きとおぼしき知り合いを入れておく。クラウド時代のトモダチコレクションとでもいうべきか、あくまで利用者のための「クラスター識別タグ」がサークルなのだ。

 Google+は、とりあえず用意できる土台やラウンジや調理場をつなぎ合わせた「書き割り」のような世界だといえる。だからというのもあるかもしれないが、プログラミングは天才的だがどこか抜けがあったりもするGoogleのほうが、まだ呼吸しやすい気がするのである。

 単純に、サークルやビデオチャットをうまく使うと、グループウェア的なコラボレーション作業ツールとして重宝しそうでもある。「Picasaのソーシャル化」かもしれないと書いたが、Google DocsなどのGoogleの既存サービスを、ソーシャルで使いやすくするという話かもしれない。テクノロジーの世界は、とてもアナーキーで、ベタベタした人間関係になんかあまり興味がない。その真骨頂ともいうべきGoogleは、たかだか利便性のため程度にしか、人と人の関係を捉えていないのかもしれない。

 もっとも、これは現時点のGoogle+の話であって、AdWardsやAdSenseが入る前のGoogle検索のような段階である可能性も高い。

 FacebookにあってGoogle+にないものの代表は、「Facebookアプリ」だ。「Google+アプリ」なるものがあるとすると、どんな位置付けのものになるのか? それは、「Chromeアプリ」や「Chrome OS」とどう関係してくるのだろうか? 人と人の関係までをも、OSというものが吸収してしまうのだろうか? われわれは、クラウドやスマートフォンの登場で、新しいコンピューティングの目の前に立っている。


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